壺齋散人の 映画探検
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ニキータ・ミハルコフ「戦火のナージャ」:独ソ戦にかかわるピオネールの少女



ニキータ・ミハルコフの2010年の映画「戦火のナージャ」は、「太陽に灼かれて」の続編である。前作で主演のコトフ大佐は逮捕された後銃殺刑に処せられたとアナウンスされ、その娘のナージャも刑死したとされていたが、実は二人とも生きていた。その二人のその後の生き方を描いたのが続編の映画である。見どころは、父親が生きていることを知った娘のナージャが、命を掛けて父親を探し出そうとするところである。というのも、二人は、独ソ戦の中で戦線の真っただ中をさまようこととなり、それこそ命を危険にさらす日々を送ったからである。

前作でコトフ大佐がドミトリーの姦計によって逮捕されたのは1936年のことだったが、この映画は独ソ戦が始まる1941年以降二・三年間のことを描く。ということは、前作から五年たった時点から始まるということだが、コトフ大佐はともかく、娘のナージャはすっかり一人前の乙女に成長している。彼女は独ソ戦が始まった時点で、すでに十代半ばの思春期にあり、少年少女団つまりピオネールの闘士になっている。そのピオネールの闘士として、一人前に独ソ戦に関わってゆくのである。一方父親のコトフ大佐は、独ソ戦が始まった時点では、政治犯のキャンプにいたことになっている。そして独ソ戦が始まるや、自分なりの立場から戦争に携わってゆく。映画はその二人の生き方を交互に描き出すが、娘のナージャの願い通りに、映画の中で二人が再会することはないのである。

映画はどういうわけか、スターリンをめぐるシーンから始まる。この映画の中のスターリンはあまり否定的には描かれていない。それどころか、好人物の印象が伝わってくるような描き方である。これはプーチン時代になってソ連時代へのノスタルジーが高まったことを反映しているのかもしれない。

さて、冒頭のスターリンのシーンはコトフの夢だったことがわかる。しかし現実のスターリンはなぜかコトフに関心を持ち、コトフの現在の状況を知りたいと思うようになる。スターリンはコトフに関する調査を、ほかでもないドミトリーに命じる。ドミトリーがコトフを陥れたことを知ってのことに違いない。驚くドミトリーだが、スターリンの命令にしたがって、コトフのその後の足取りを調べ始める。映画は、そのドミトリーの調査というような位置づけで、コトフの逮捕後の足取りとか、娘ナージャの成長後の足取りを追ってゆく。

交互に紹介される父娘の足取りを描いた部分は、前後に脈絡のないシーンが続くが、ロシア人たちがドイツ軍によって蹂躙されることの非人間性を告発するところは徹底している。いくら戦争とはいっても、ドイツ軍のロシア人への虐待ぶりは、人間の仕業とは言えない。ドイツ人は人でなしの集まりだ、というような強烈な印象が伝わって来る。

独ソ戦を通じてソ連が蒙った人的被害は二千万人とも言われているので、ロシア人がドイツ人を憎む気持はわからないでもない。この映画では、そうした憎しみの感情がふんだんに盛り込まれている。ナージャが絡むシーンでは、ドイツの爆撃機部隊が赤十字の船を襲撃して戦傷病兵を皆殺しにするし、またドイツ兵を殺した村人への連帯責任として、村人を皆殺しにする。その殺し方も、大きな小屋に閉じ込めて火を放ち、焼き殺すという陰惨なものだ。焼き殺されるものはみな女子供と言うのに。

コトフがからむシーンは、さすがにそういうことはなく、ドイツ軍とロシア軍が正面から戦うというものだが、そのなかで年老いたコトフは英雄的な働きをする。ナージャが父親を慕うように、コトフもまた娘のナージャを唯一の生きがいとして、その面影を追うのであるが、先ほどもふれたように、この映画の中で二人が出会うことはない。

この映画は、前編よりもせいぜい五年後から始まっているように描かれている。その割には、ナージャの成長ぶりが早すぎる。というのも、実際の映画の流れにおいては、この映画は前編の15年後に作られており、全編の時に6歳だったナージャは、すでに21歳になっているからだ。この映画でも、父親のコトフと娘のナージャは、監督のミハルコフとその娘のナージャが演じているのである。

そのナージャのことを前編ではドミトリーが、お前のフルネームはフランス風だとナディヌというのだよと言っていたが、この映画の中では、彼女のフルネームはロシア風にナジェージダと紹介されている。



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