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アンドレイ・ルブリョフ:タルコフスキー、ロシア史を描く



アンドレイ・ルブリョフは、15世紀初頭にロシアで活躍したイコン画家である。タルコフスキーの映画「アンドレイ・ルブリョフ(Андрей Рублёв)」は、彼の半生を描いたものだ。とはいっても、彼の個人的なことがらに焦点を合わせているというより、彼が生きたロシア社会のあり方に目が向いている。その時代の描き方に問題があると、当時の権力者たちに受けとめられて、すぐには公開できなかった。完成したのは1966年で、ソ連で公開されたのは1971年、その間にカンヌ国際映画祭で上映され、高い評価を受けた。

映画は三時間を超える長大なものだ。前後二編に別れているが、内容上の断絶があるわけではない。フィルムの長さを和らげるためという技術的な理由で分けられているに過ぎない。しかし映画全体は、長さが気にならないほど、緊張感にあふれている。観客はその緊張感を楽しみながら、ロシア史の一片に接することができるというわけだ。

映画は、西暦1400年から1423年までの二十三年間におけるルブリョフの行動を描いている。映画の冒頭には、ある村で好き者らしい男が気球を上げて失敗するシーンが出て来るが、時代背景の不明なこのシーンが、映画の本体とどのような関係があるのか、最後までわからない。

ともかく、冒頭に続くシーンでは、ルブリョフはさる修道院の修行僧として登場し、ある村で雨宿りをしている時に、旅芸人の芸を見る。仲間の僧がその旅芸人を悪魔の使いだと批評すると、その批評に応えるように官憲が登場し、旅芸人を連行してしまう。その旅芸人は、不埒のかどで舌を抜かれ、十年間も投獄されるはめになったことを、後々観客は当の旅芸人から告げられるであろう。

続いて1405年に、ある男が広場で公開処刑を受けるシーンが出てきて、その後ルブリョフは、当時の有名な画家からモスクワ大聖堂の壁画を作成するメンバーに迎えられる。ルブリョフは僧侶ながら、イコンの修行にも励んでいたのだ。しかしルブリョフはこのチャンスを進んでものにしようとしない。大公から託されたミッションである壁画の制作になかなか取り掛からないのだ。その理由は曖昧なものだ。愛の欠けた仕事はやるに値しないというのだ。ルブリョフはその愛を求めて徘徊し、その過程で命の危険に見舞われたりもするが、なかなか仕事をやる気にはならない。

すると、ミッションを無視されて怒った大公が、兵士を派遣してルブリョフを襲わせ、彼の眼を短刀でくりぬいてしまう。仕事をしない画家に目は必要ないということだ。観客はそれを見て大いに驚かされるが、実はこれはルブリョフの夢の中の出来事だったということが後に明らかにされる。

ここで第一部が終わり、第二部に進む。第二部は、タタール人とロシア人とのかかわりあいが中心となる。15世紀初頭のロシアは、まだ統一国家としての体裁は強固ではなく、タタールの脅威に常にさらされていた。ロシア国内では陰湿な権力闘争が行われ、中にはタタールの力を借りて政敵を撲滅しようとするものもいた。映画は、そうした当時の権力闘争をリアルに描く。タタール人は勇敢で強い民族として描かれ、ロシア人はタタール人によって統治される惨めな存在として描かれるのだ。

タタール人とロシア人との関係を象徴するシーンがある。処女マリアを崇拝するロシア人たちをタタール人が嘲笑するシーンだ。ロシア人は処女マリアがキリストを生んだと主張するのに対して、タタール人は、いくらロシア人でも冗談がすぎるというのだ。その言葉にはロシア人に対するタタール人の優越意識が込められているし、ロシア人も又自分たちを野蛮な民族として自認せずにはいられない。当時のタタール人が世界で最も先進的な民族であったことを踏まえれば、これは無理のない見方だ。

そんなわけだから、ルブリョフが養っていた少女もタタール人の妾になることを自ら選ぶ。ロシア人と一緒にいてはいつも飢えていなくてはならないのに対し、タタール人と一緒にいれば肉をたらふく食えるからだ。

第二部の後半は、孤児となった鍛冶屋の倅が、巨大な鐘をつくる話だ。この鐘は大公によって鋳造を命じられるのだが、そのためには高い技術と大規模な準備が必要だ。まだ世間知らずの少年は、その大業をなんとかやりとげる。それには自分の全身全霊を捧げなければならなかった。そんな少年の姿を見たルブリョフは、自分も又心を入れ替えねばならないと反省する。少年でさえ全力を振り絞って大業を成し遂げたのだから、まして大人として、また才能あるものとして、自分なりのミッションに身を捧げないのは神に反抗することだ。そのことに気が付いたルブリョフは、泣きじゃくる少年を懐に抱きながら、こう言うのだ。「お前は鐘を作れ、私はイコンを描く」と。

こうして映画のラストシーンでは、ルブリョフ作とされるイコンの傑作が次々と映し出される。その中には、世界のイコン史上最高傑作といわれる「至聖三者」や「キリストの顔」もある。そのキリストの顔はルブリョフ自身の顔とよく似ている。




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