壺齋散人の 映画探検
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家族の灯り:マノエル・デ・オリベイラ



2012年制作のポルトガル映画「家族の灯り(O Gebo e a sombra)」は、マノエル・デ・オリベイラの遺作である。これを作った時、オリベイラは103歳になっていた。その年で映画を作ったものは他にいないのではないか。日本では新藤兼人が99歳で「一枚のはがき」を作ったのが最高齢の記録だ。

テーマは家族の崩壊である。ある町に住んでいる老夫妻とその息子の嫁が、息子(夫)の帰りを待ちわびている。息子(夫)は八年間も家を留守にしているのだ。その理由を知っているのは父親だけ。息子は盗みかなにかの罪科で刑務所に入っていたらしいのである。それを母親は知らない。妻は知っているようである。その三人が、わびいしい住まいの中でただひたすら息子(夫)のことばかり話している。話題をリードするのは妻のほうで、つねに愚痴に陥る。そんな妻のいらいらした話しぶりを、父親(ミシェル・ロンズデール)と嫁(レオノール・シルベイラ)は耐えながら聞いているのである。

ところが息子がある日突然現れる。刑務所から出て来たのだろう。母親は大喜びするが、父親と妻はそんなには喜べない。というのも、息子(夫)が奇妙な考えを抱いていて、妻を含めて自分の家族を軽蔑するようなことばかり言うからだ。その挙句に、父親が会社の仕事で預かっていた多額の現金を持ち逃げしてしまうのである。

それでも父親は息子を許す。自分が現金紛失の責任を被るのだ。そんな具合で気の滅入るような暗い雰囲気の映画である。百歳を超えたオリベイラがなぜ、こんな暗い映画を作ったのか。

母親を往年の大女優クラウディア・カルディナーレが演じているが、偏執狂的な老婆の雰囲気をよく演じている。彼女の女友達を、これもまた往年の大女優ジャンヌ・モローが演じている。こちらは往年の面影を微塵も見ることができない。まさに醜悪な老婆といった感じである。

映画はこうした老人たちがただひたすらに無益なおしゃべりを繰り返すことからなっている。しかも場所はほとんどが室内である。ときおり外から玄関を写す場面がはさまれるが、カメラが野外に出ることはほとんどない。唯一、息子が金を奪って逃げていくのを、妻が追いかけて町の中を走る場面があるだけだ。これも家からすぐそばのところを映すに過ぎない。それゆえ、室内を舞台にした会話劇というのがこの映画の構成である。

冒頭の部分で、ある男が、やったのは俺ではない、と叫ぶのだが、それが息子だったようだ。息子はやったことのない罪で刑務所に入れられ、それがもとで奇妙な考えを持つようになったとも伝わって来るが、詳細はわからない。また、妻のほうは、老夫婦によって子供の頃に引き取られたということになっている。だから彼女は、養父の老人を深く愛しているようなのだが、夫のことはそうでもないらしい。彼女は老夫婦以上に絶望しているのだが、それを表には出さず、ただ耐え忍んでいるのである。とにかく暗い映画である。

オリベイラの映画はフランスとの共同制作が多く、言葉にもフランス語を使っている。この映画も同様である。ポルトガル国内だけでは映画の市場が小さいため、そのようにしているのだろうか。なおタイトルの原題「O Gebo e a sombra」は、「ジェボと闇」という意味。ジェボは主人公の老人の名前。かれの心の闇というほどの意味か。




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