壺齋散人の 映画探検
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ドクトル・ジバゴ:デヴィッド・リーン



デヴィッド・リーンの1965年の映画「ドクトル・ジバゴ」は、ソ連の作家ボリス・パステルナークの同名の有名な小説を映画化したものである。この小説は、ソ連国内で発表できず、1957年にイタリアで発表されたのだが、早くもその翌年にノーベル賞を受賞した。それにソ連側が強く反発、パステルナークに圧力をかけて、受賞を辞退させたといういきさつがある。当時は東西冷戦の絶頂期で、互いに体制間競争をしていた時代なので、パステルナークのこの小説は、そうした政治的対立に巻き込まれたというわけである。

小生は原作を読んではいないので、なんとも言えないが、映画は原作の雰囲気をかなり忠実に再現しているということらしい。原作が問題となったのは、ボリシェビキ革命によって多数の人々がひどい政治的迫害を受けたというような主張が読み取れることだが、そうした政治的な迫害が、この映画を通じてもよく伝わってくるように作られている。この映画が作られたのは1965年のことであり、東西冷戦はまだホットな話題だったから、この映画はそうした風潮に、リーンなりのかかわり方を示したのだと思う。リーンには、「戦場にかける橋」のように、かなり政治的なメッセージを発する傾向が見られるので、この作品もそうした系列の一つの例として見ることができよう。

パステルナークは、何よりも詩人として自己を主張しており、ロシア国内では、詩人としてのパステルナークは、一貫して愛されてきた。小説家としては、この「ドクトル・ジバゴ」が唯一の傑作といってよい。それが反ソ的だと烙印を押されたので、かれが小説家としてロシア人に認知されるのは、20世紀の終わり近くなってからだ。

映画の中の主人公ドクトル・ジバゴは、医師として生きる一方、詩を書いている。その詩が、ラーラという女性にあてられたという体裁をとっているが、これは彼の代表的な詩集「妹へ」を連想させるものだそうだ。もっとも実際のパステルナークには、医師としての体験はないようだ。

映画は、ジバゴのラーラへの愛と、自分自身の家族とのあいだに挟まれた葛藤を描く。一旦はラーラへの愛がまさって、かれは家族を捨てるような形になるが、最後には家族への愛を優先させる。ところがその家族はソ連を追放されて、一緒に暮らすことはできないのだ。一方ラーラのほうは、強制収容所で死を迎えるということになっている。その彼女はジバゴの子どもを生んだのだったが、その子どもとジバゴがあうことはなかった。そのかわりにジバゴの兄が、成人したジバゴの娘を探し出すのである。映画はその兄の回想という形で展開していく。

全編が200分という大作である。普及版のDVDには、これに130分間のおまけがついている。とにかく長い作品だ。主人公のジバゴを演じたオマー・シャリフは、エジプト出身のアラブ人だが、ロシア人のジバゴを自然に演じている。かれは「アラビアのロレンス」で、アラブ人の部族長を演じていた。その演技ぶりがかわれて、この映画の主演に抜擢されたのであろう。




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