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ケン・ローチ 社会派映画の巨匠:作品の解説と批評

ケン・ローチは、20世紀の末から21世紀へかけてのイギリス映画を代表する監督である。実質的な長編映画デビュー作「ケス」は、すでに1967年に作っていたが、その後映画作りの現場を長く離れていたのは、左翼(労働党左派)としての政治活動に専念していたからと言われる。本格的に映画作りを再開するのは、1990年以降のことである。彼の作品は、社会的な視線を強く感じさせるものであり、社会派映画の巨匠と呼んでよい。

1980年代を通じて、サッチャリズムと呼ばれる新自由主義路線がイギリス政治を席巻し、その政治のおかげでイギリスは格差社会へと変換した。その結果、イギリスには貧困が蔓延するようになり、人間の尊厳を奪われる人々を輩出した。ケン・ローチの映画人としての復活は、そうしたイギリス社会のむごたらしい情況への強い異議申し立てとしての意義を帯びていたのである。

じっさい、1990年から立て続けに作った映画は、労働者や移民たちの悲惨な境遇を描いたものだし、かれらこそがサッチャリズムの最大の贈り物といった批判的な視点がそれらの映画には込められている。とくに、1991年の映画「リフ・ラフ」は、人間の屑と呼ばれるような下層労働者たちをテーマにした作品である。

その後も、清掃労働者の労働条件改善闘争を描いた「ブレッド&ローズ」(2000)とか、家族崩壊によってドロップアウトした少年が犯罪組織にからめとられる成り行きを描いた「Sweet Sixteen」(2002)のような、社会的視線を強く感じさせる作品を作り続けた。「Sweet Sixteen」はかれの代表作との評価が高い。

一方では、「麦の穂を揺らす風」(2006)や「ジミー野を駆ける伝説」(2014)のような、アイルランド独立運動に取材した映画を作っている。また、ブレアのイラク戦争介入を批判的に描いた「ルート・アイリッシュ」(2010)のような作品も作っており、かれの映画作りの幅の広さを感じさせたりもする。

しかし何といっても、ケン・ローチの最大の持ち味は、同時代の、貧困と悲惨にまみれたイギリス社会を批判的に描くことにある。貧困蔓延は、貧困を食いものにするビジネスを生み出すが、そうした貧困便乗型ビジネスをテーマにした映画も作っている。「この自由な世界で」(2007)は、サッチャーの落とし子たる自由な世界において、貧乏人を食い物にしてもうけをあさる抜け目のない人間を描いている。そういう人間は日本でも多く見かけるので、ケン・ローチのそうした映画には、日本人も大いに共感するのではないか。

2016年の作品「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、ケン・ローチのケン・ローチらしさの集約といってよい映画だ。貧困のあまり長い間食べ物にありつけなかった女性が、人からめぐまれたパンに羞恥心を投げ捨てて食いつく場面などは、いまイギリスが陥っている非人間的な状況を象徴するような場面である。日本にも同じような境遇の人が大勢いる今日、他人事とは言えない眺めである。

以上を通じて言えることは、ケン・ローチが素朴な意味でのヒューマニストだということだ。かれはそれを押し付けるようにしてではなく、さりげなく示すのである。ここではそんなケン・ローチの代表的な作品をとりあげ、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい。


ケン・ローチ「ケス」:少年とハヤブサの触れ合いを描く

ケン・ローチ「大地と自由」:スペイン内戦の一齣を描く


ケン・ローチ「ブレッド&ローズ」:アメリカの労働問題を描く

ケン・ローチ「Sweet Sixteen」:児童の貧困問題を描く

ケン・ローチ「麦の穂をゆらす風」:内戦で引き裂かれる兄弟

ケン・ローチ「この自由な世界で」:外国人労働の搾取

ケン・ローチ「エリックを探して」:サッカー選手から生きる勇気をもらう男

ケン・ローチ「ルート・アイリッシュ」:イラク戦争の一齣

ケン・ローチ「天使の分け前」:反社会分子の社会包摂

ケン・ローチ「ジミー 野を駆ける伝説」:アイルランド人の分断

ケン・ローチ「わたしは、ダニエル・ブレイク」:イギリスの貧困

ケン・ローチ「家族を想うとき」:貧困による家族解体の危機



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