壺齋散人の 映画探検
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ケン・ローチ「ブレッド&ローズ」:アメリカの労働問題を描く


ケン・ローチの2000年の映画「ブレッド&ローズ(Bread and Roses)」は、アメリカの労働問題をテーマにした作品。それに違法移民とか人種差別といった、いかにもアメリカ的な問題を絡ませてある。こんな映画は、アメリカ以外の国ではなかなか作られないだろう。この映画が描いているのは、資本主義システムの非人間性である。その無常で非人間的な労働者搾取がアメリカほど徹底的に行われているところはない。ケン・ローチはイギリス人だが、資本主義の矛盾について誰よりも鋭い問題意識をもっている。その問題意識を、アメリカという最も典型的な資本主義社会を舞台にしてあぶりだしたということだろう。

この映画の真の主人公は、清掃作業員たちである。誰もがやりたがらないその仕事を、社会の最下層であがいている人々(多くは黒人をはじめとした有色人種)とかメキシコからやってきた違法移民が担っている。貧民はともかく、違法移民は、その存在が違法であるということを理由に、徹底的に搾取される。少しでも不満を言えば、クビになるだけでなく、アメリカから追い出されてしまう。だから黙って働くほかに道はない。そこに雇用者がつけこんで、かれらを徹底的に搾取するというシステムが完ぺきに機能している。

映画は、そうした非人間的なシステムと戦う清掃作業員たちを描く。清掃作業員たちは、自分たちの力では何もできない。外部からの働きかけが不可欠である。この映画の場合には、背景はわからないが、労働組合運動に熱心な男がいて、その男が作業員たちの意識を高め、ストライクを通じて権利を主張するまでに至る過程を描いている。このような、外部から組合活動を呼び掛けるオルグは、1979年のアメリカ映画「ノーマ・レイ」もとりあげていた。「ノーマ・レイ」の場合には、労働運動の専門家が組織から派遣されて来たということになっていたが、この映画の場合には、そうした組織の存在には言及していない。男は、自分の個人的な趣味から作業員たちの組織に取り掛かっているようなのだ。

「ノーマ・レイ」に出てくるオルグは、自らユダヤ人と称していたが、この映画の中のオルグは、ユダヤ人とは言っていない。だが雰囲気がそのように感じさせる。この男は作業員たちを前にたびたび演説するのだが、その演説ぶりがあのゼレンスキーを彷彿させる。ゼレンスキーもまたユダヤ人であって、そのユダヤ人としての立場から、ウクライナのスラブ人に向かって、同じスラブ人であるロシア人を相手に、死ぬまで戦い続けよと煽った。この映画のなかのオルグも作業員たちに向かって、徹底的に戦えと煽る。その結果、主人公の一人でメキシコからやってきた不法移民のマヤは、メキシコに強制送還されてしまうのだ。

映画は、そのマヤが、米墨国境を超えてアメリカに不法入国するシーンから始まる。彼女はブローカーを通じて不法入国を果たしたのだったが、斡旋料を支払うことができなかったので、体で支払えとばかり、他の男に売り飛ばされてしまう。だが彼女は持ち前の闘争心で、その危機を乗り越え、とりあえず姉のもとに身を寄せる。そこでまず飲み屋のメードを始めるが、客のセクハラに嫌気がさしてやめてしまう。ついで高層ビルの清掃作業員の仕事にありつく。そこの男性従業員と仲良くなったりして、そこそこ我慢のできる生活を始めるが、一人の男が現れて、彼女の運命を大きく動かすのだ。その男こそ、未組織労働者を組織して、労働条件改善運動をリードしているのであった。この男がなぜ、そんなことに没頭しているのか、その理由とか背景を、映画は何も言わない。ただ男の巧みなやり方によって、清掃作業員たちが一致団結し、雇用者を相手に組合を認めさせ、交渉するまでに成長する。

だが、それも一時的な勝利で、やがて雇用主側の反撃が始まり、かれらの運動は粉砕されてしまうのだ。そのあおりをくって、マヤはメキシコに強制送還される。アメリカの資本家を脅かすものは、アメリカに置いておくわけにはいかないのだとばかりに。

こんなわけでこの映画は、アメリカの資本主義に対する鋭い批判意識と、労働者の団結への期待感を込めたものだ。アメリカといえども、労働者を保護する法律はあるので、それを最大限利用すれば、労働者の待遇はわずかながらも改善できる。そういう改良主義的な思想を感じさせる映画である。そのわずかの改良さえも、今のアメリカではなかなか許されないと主張するところが、この映画の眼目であろう。

なお、タイトルの「ブレッド&ローズ」とは、1912年にマサチューセッツ州ローレンスで発生した繊維労働者による争議のスローガンである。パンは生活費を、薔薇は人間としての尊厳を象徴しているということらしい。


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