壺齋散人の 映画探検
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ケン・ローチ「ルート・アイリッシュ」:イラク戦争の一コマ


ケン・ローチの2010年の映画「ルート・アイリッシュ」は、イラク戦争の一コマを描いた作品。イラク戦争は、ブッシュの狂気が始めた大義なき戦争で、汚い戦争と呼ばれている。その戦争を、ブッシュは国連を巻き込んで行うことができなかったので、有志連合によるイラクへの戦争として始めた。その戦争にイギリスのブレアが付き合った。そのことについて、いまではブレアの失敗だったとの評価がほぼ固まっているが、この映画はそうした評価の形成にひと肌脱ぐ役割を果たしたということができる。大義なき戦争を告発するという意図が強く感じられる映画である。

映画の主人公は、イギリスの正規の軍人ではなく、軍から委託を受けた民間軍事会社の社員である。イラク戦争は、米英とも民間軍事会社が大きな役割を果たしたことで知られている。彼らは、巨額の報酬で軍事作戦を請け負う一方、公的機関としての規律に欠けているので、かなりひどい行為を行ったといわれる。住民の無差別殺害とか、国際法上違法とされるような行為である。この映画に出てくる民間軍事会社も、国際法から逸脱した住民殺害を行った。それをめぐって、関係者の間に争いが生じ、その結果、本来仲間であった人間同士の殺し合いに発展するというような内容だ。

タイトルの「ルート・アイリッシュ」とは、バグダッド空港とグリーンゾーンを結ぶ道路のことで、イラク側による攻撃の最重点とされていた。そのことで、世界で一番危険な道路と呼ばれていた。その道路でイギリスの民間軍事会社の社員が殺される事件が起こった。その死には不可解なことが多く付きまとっていたので、死者フランキーの友人だった男ファーガスが、真実を明らかにしようと立ち上がる。その結果色々なことが明らかになる。殺されたフランキーは、民間軍事会社による住民殺害に憤慨していた。それを快く思わなかった連中が、口封じのためにフランキーを殺したのではないかと考えたファーガスは、フランキーの殺害に関わっていたネルソンという男を追求し、拷問した挙句に殺してしまう。なにしろ軍事会社の社員であるから、人を殺すのは朝飯前なのだ。

だが、よくよく考えると、ネルソン単独の行為ではなく、軍事会社のトップを含めた組織ぐるみの犯罪だったと確信するようになったファーガスは、その軍事会社のトップを爆殺してフランキーの無念を晴らす。そのうえで自殺するのである。

とにかく、金のためには、どんなに汚いことでも平気で行うというのが、この映画の中の民間軍事会社の体質である。かれらは世界中の紛争につけこみ、それにかかわることで、巨額の利益を引き出そうとする。イラクがおちついて仕事にうまみがなくなれば、アフリカの紛争地に鞍替えして、巨額の契約をものにしようと考えるような連中である。こういうのを、惨事便乗型ビジネスというのだそうだ。イラク戦争以後、世界中で流行したビジネスである。アメリカの軍事作戦の大きな部分をこうした民間軍事会社が担っているといわれる。

ファーガスという男のスーパーマン的な活躍がこの映画の魅力だ。かれは、この手のビジネスマンとしては例外的に正義感に富んでいて、不正を見逃すことができない。たまたま自分の親友が巻き込まれたという事情があったが、それだけではない。巨大な悪を放置しておけないという正義感が、かれを困難極まる戦いに立ち上がらせるのである。


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