壺齋散人の 映画探検
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ケン・ローチ「この自由な世界で」:外国人労働の搾取


ケン・ローチの2007年の映画「この自由な世界で(It's a Free World...)」は、外国人労働の搾取をテーマにした作品である。外国人労働の不当な搾取については、日本でも大きな問題となっている。とくに、技能実習生をめぐっては、実習生の弱い立場につけこんだ不当・無法な扱いが蔓延しているとされ、それが一種の奴隷労働だとまで言われている。そういう問題は、日本でとくにひどいのかと小生などは思っていたが、この映画を見ると、イギリスでも同じような事情だと伝わって来る。ほかの国のことは知らないが、外国人労働の搾取は、先進資本主義国家にとって、ゆゆしき問題だと、あらためて思わされたところだ。

主人公は、反抗期の子どもを抱えたシングルマザー、アンジー。職業紹介会社で働いていたが、セクハラに反抗したことがもとでクビになってしまう。そのシーンを見ると、イギリスは日本以上にセクハラが横行している社会だと思わされる。ともあれ、クビになったアンジーは、自分で職業紹介のビジネスをたちあげる。仲良しの黒人女性と組んで、電話一本で仕事の仲立ちをして、ピンハネするというわけだ。給料のピンハネだけではない、労働者を狭隘なアパートに宿泊させ、その宿泊料金もごまかす。夜昼交代で同じベッドを共有させたり、トレーラーハウスに押し込んだりと、およそ人権を無視した粗っぽさだ。そういうシーンを見ると、かつての日本で横行していたタコ部屋を想起させられる。

アンジーのやり方は、仕事を求めて来る人々を、一か所に集合させ、その場で仕事を割り振って、バンに乗せて現場に運ぶというものだ。こういうやり方は、かつての日本でも、山谷などで見られたものだ。そこで仕事を割り当てる連中を手配師といったものだが、この映画のなかのアンジーが、まさにその手配師だ。アンジーは、労働者の給料を自分があずかり、そこからさまざまなピンハネをする。その中には、労働者が支払うべき税金を、自分がかわりに支払うと偽って、じつはネコババするといった細工もある。そのようにして散々ピンハネしたあげく、雇用者から受け取った手形が不渡りになったことを理由に、給与の支払いを停止したりもするのだ。金がないわけではない。金はあるのだが、それは自分自身の金で、ビジネスの失敗を埋め合わせるいわれはないのだ。

そんなあくどさを憎まれて、襲撃されることもある。路上でいきなり殴られたり、子どもを誘拐したと見せかけられているあいだに、部屋に侵入した男たちによって監禁され、家の中にあった現金を奪われたりする。それでもアンジーはめげない。

そのうちアンジーは、遺法労働に手をつける。合法的な外国人労働者より、違法な外国人労働者のほうが、搾取するには都合がよいのだ。そんなアンジーを見て、パートナーの黒人女性は、耐えられなくなって去っていく。それでもアンジーは気にしない。違法労働の担い手たちを求めて、ウクライナまで行くのである。

こんが具合で、一人の女性の生き方を通じて、イギリスが抱えている外国人労働の問題が、あぶりだされるようになっている。外国人は、搾取の対象になっているばかりではない。彼らのために、イギリス人の雇用が圧迫されているといったメッセージも読み取れる。そうした外国人への屈折した感情が、ブレグジットに結びついた面はあるであろう。

なお、この映画は、日本にとって反面教師的な効果を持っていると言える。近年、特に安倍政権の時代に、外国人労働者の大量受け入れが始まったが、その受け入れに見合うだけの、社会的条件が整っているとはいえない。そういう情況で外国人労働者を受け入れれば、この映画に描かれたような事態が横行することになるのではないか。そんなふうに思わされるところである。



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