壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館東京を描く英文学ブレイク詩集仏文学万葉集プロフィール掲示板




ジョン・フォード:映画の鑑賞と批評


ジョン・フォード( John Ford 1894-1973)は、アメリカ西部劇の傑作と言われる作品を数多く生みだしたとともに、「怒りの葡萄」を始めとして、するどい批判意識に貫かれた社会派映画も作った。また「わが谷は緑なりき」のように、人間性溢れる感動的な映画も作った。かれのすべての映画に共通しているのは、それが西部劇にしろ、社会派映画にしろ、人間に対する深い信頼であったが、そうした信頼感は、未来への希望と神への信仰に支えられた、きわめてアメリカ的な心情であった。そういう意味で、ジョン・フォードは、アメリカの生んだ最もアメリカらしい映画監督だったと言える。

ジョン・フォードの映画人生は古く、監督デビューは1917年の「タイフーン」である。サイレント時代にはB級の西部劇映画ばかり作った。かれは自他共に認める西部劇作家であり、生涯につくった136本の映画の大部分が西部劇である。それゆえ自分のことを常々西部劇映画の作家だと称していた。そんなジョン・フォードも、1930年代以降西部劇の人気が衰えてくると、違うジャンルの作品も手掛けるようになる。かれの名声を一躍高めた「男の敵」(1935年)は、アイルランドの独立運動に命をかけた男たちを描いたものだった。

ジョン・フォードはアイルランド出身ということもあり、アイルランドに拘り続けたという。起用した俳優には、ジョン・ウェインはじめアイルランド出身者が数多くいたし、また「静かなる男」のように、アイルランドを舞台にした映画も作った。

だがジョン・フォードは何といっても自他共に認める西部劇作家であり、西部劇の名作と呼ばれる作品を数多く作った。代表的なのは、「駅馬車(1936)」、「荒野の決斗(1946)」、「アパッチ砦(1948)」、「黄色いリボン(1949)」、「リオグランデの砦(1950)」などである。これらの作品を通じて、西部劇の神様といわれるようになった。

西部劇以外の作品としては、「怒りの葡萄(1940)と「わが谷は緑なりき(1941)」が代表的なものである。前者は、ジョン・スタインベックの原作をもとに、アメリカの農民たちの厳しい暮らしぶりと、資本家階級によるかれらの搾取と抑圧を描いた社会派映画であり、後者は、ウェールズの炭鉱を舞台にして、炭鉱労働者一家の厳しいが家族愛に満ちた生き方を詩情豊かに描いたものであった。アメリカ映画のみならず、世界の映画史に残る傑作だと思う。

ジョン・フォードはアメリカへの愛国心が強く、第二次大戦中は、全線で戦うアメリカ軍兵士たちの勇敢な戦いぶりを描いた。だが単純なプロパガンダ映画ではない。兵士の勇ましさを描く一方、戦いの厳しさにもスポットライトをあて、厭戦的な雰囲気をも感じさせる。その辺は、ヒューマニストとしてのジョン・フォードの面目があらわれているのだと思う。また、政治的には保守主義者であったが、1950年代にハリウッドでも吹き荒れたマッカーシズムには終始批判的であった。

ジョン・フォードは、西部劇の印象があまりに強いために、とかく娯楽映画作家見なされがちだが、「怒りの葡萄」のような社会的な視線を強く感じさせるところもあり、また独特の映像美も評価されて、近年はアメリカ映画を代表する映画作家としての名声を高めつつある。ここではそんなジョン・フォードの代表的な映画を鑑賞しながら、適宜批評を加えたい。




駅馬車( Stagecoach )

怒りの葡萄( The Grapes of wrath )
わが谷は緑なりき( How green was my valley )
荒野の決闘( My Darling Clementine )
静かなる男( The quiet man )



HOMEアメリカ映画内容へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2015
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである