壺齋散人の 映画探検
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ジョン・フォード「静かなる男」:アイルランドへのオマージュ



「静かなる男( The quiet man )」は、アイルランドにルーツを持つジョン・フォード( John Ford )が、その美しい故郷に捧げたオマージュのような映画である。豊かな自然を背景に、人々の心のこもった交流を描く。それを見ていると、人間の理想的な生き方とはこういうものなんだ、というフォードの確信のようなものが伝わってくる。

映画の舞台となっているのはイニスフリーという小さな村。イニスフリーと聞くと、ウィリアム・バトラー・イエイツの詩「湖の小島イニスフリー」を思い浮かべるが、両者には関係はないようだ。イエイツの詩の中のイニスフリーは、アイルランド北部にある湖ロッチ・ガイルに浮かぶ小島であるが、この映画に出てくるイニスフリーは美しい自然に囲まれた小さな村である。

その小さな村に、一人のアメリカ人がやってくる。彼はこの村に生まれ、少年時代に家族とともにアメリカに渡ったのだが、感ずるところがあって、故郷に戻ってきたのだ。そして昔自分の家族が住んでいた家を買い戻し、そこで新しい生活を始めたいと思う。そんな男の前に美しいが気の強い女性が現れる。二人は互いに一目惚れをする。だが、そう簡単に結ばれることができない。アイルランドには、結婚をめぐってうるさいしきたりがあり、それらをクリアしないと、いくら愛し合っていても結婚できないのだ。

そういうわけでこの映画は、男の立場からは嫁取り物語、女の目からは「私の王子さま」の物語なのだ。

筋書きは至って単純だ。ジョン・ウェイン( John Wayne )演じるショーン・ソーントンが、モーリン・オハラ( Maureen O'Hara )演じるメアリー・ケイトを嫁にもらいたいと望む。だが、アイルランドでは、女性は家族の長の許しがないと結婚できない。メアリー・ケイトの場合、家族の長は長兄のレッド・ウィル(ヴィクター・マクラグレン Victor McLaglen )だが、この男はなかなかけちで、持参金をやるのが惜しさに妹の結婚を認めない。そこで、ショーンに好意を寄せる人々が、一計を労してレッド・ウィルの気持を変える。妹を片付けて家の中から女がいなくなれば、レッド・ウィルが愛している女性がその後釜に入ってくるはずだ、こういって騙すのだ。

レッド・ウィルを騙したおかげで、二人は婚約することが出来た。この婚約には一定の期間があって、それが過ぎないと正式に結婚できない。やっとその期間が過ぎて結婚にこぎつけたはいいが、レッド・ウィルのほうでは、目当ての女性と結婚できない。自分が騙されていたことに気づいたレッド・ウィルは、怒って妹の持参金を渡そうとしない。

ところが、アイルランドの女性は、身分に相応しい持参金がないと、晴れて嫁入りすることが出来ない。そのことをしきりに訴えるメアリー・ケイトに向かって、ショーンはそんなことはどうでもいいじゃないか、と言うのだが、メアリー・ケイトには割り切ることが出来ない。それどころか、私が当然もらってしかるべき持参金を、長兄から取ってきて欲しいとショーンをけしかけるのだ。そんなことを言っても、レッド・ウィルが簡単に持参金を渡すわけはない。力づくで取り上げるしかない。しかし、それは喧嘩を意味する。メアリーは喧嘩してでも持参金を取って欲しいと言うのだが、ショーンにはそれは馬鹿げたことにうつる。そんなショーンをメアリーは臆病者だと決め付けて、家出をしてしまうのである。

こんなわけで、進退窮まったショーンは、レッド・ウィルから力づくにでも持参金を取り上げる決心をする。そしてそれは成功する。その成功と引き換えにショーンはレッド・ウィルとボクシングの試合をする羽目になる。実を言うとショーンはもとプロボクサーで、ボクシングには自信があるのだが、試合で相手を殺してしまったことを後悔して、二度と人を殴るまいと決意していた。その決意を破ったのは、メアリー・ケイトへの愛がそうさせたわけである。

クライマックスは、ショーンとレッド・ウィルとの壮絶な殴りあいだ。レッド・ウィルもショーンに劣らず強い。二人の殴り合いには、大勢の人が賭けたのだったが、レッド・ウィルに賭けるほうが多かったくらいだ。

だが試合はドローに終わった。終ってみると、二人とも相手が非常に気に入ったのだった。拳のとりもつ友情が芽生えたわけである。こういうわけで、ショーンとメアリー・ケイトが夫婦の絆を強める一方、レッド・ウィルの方も目当ての女性と結ばれることができたのだった。

以上の簡単な筋書きからわかるとおり、これは純朴な人々の間の友情と愛情をコミカルに描いた、アメリカ版の人情喜劇と言ってもよい。



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