壺齋散人の 映画探検
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アメリカ映画「痴人の愛」:ベティ・デヴィスの出世作



1934年のアメリカ映画「痴人の愛(Of Human Bondage)」は、ベティ・デヴィスを大女優にした記念すべき作品である。というのも、小生のようなベティ・デヴィスのオールド・ファンにとっては、彼女を一躍大女優に押し上げたこの映画は、実に記念するに値するのだ。

この映画に出た時、ベティは26歳だった。自分らしい役柄を確立するには十分な年齢である。じっさいこの映画の中のベティは、その後の彼女のキャラクターを形成するすべての要素を打ち出している。彼女の特徴をごく単純化して言えば、気が強く、個性的で、表情豊かな巨大な目ということになるが、それが彼女の魅力となって、彼女を輝かしている。その輝きがこの映画にも出ているのである。

原作はサマーセット・モームの小説「人間の絆」。自伝的な色彩が強いと言われ、モーム自身のさまざまな体験がモチーフになっている。小説はそのモームの八歳から三十歳までをカバーし、教養小説の体裁を呈しているのだが、映画はそのうち、主人公のある女との恋に焦点を当てている。その恋というのが、ふしだらな女に一方的な愛をささげる不幸な男の物語なのである。男がふしだらな女に振り回されるという設定は、谷崎潤一郎の小説「痴人の愛」と共通する。そんなところから、邦題を「痴人の愛」としたのだろう。原題は、小説のタイトルと同じである。

ベティ・デヴィス演じるミルドレッドは、尻軽な女で、さまざまな男とねんごろになる。そんなミルドレッドに主人公のケアリーは一目惚れする。そこで色々モーションをかけるのだが、ミルドレッドはケアリーの金が目当てのようで、本気でケアリーを愛するわけではない。かえってケアリーが脚に障害をかかえ、まともに歩けない姿をあざ笑っているのである。小説の中では、主人公はどもりという設定だが、映画ではそれを湾脚というふうに変えてある。湾脚とは重度のX脚のことらしい。

ケアリーは、三度も彼女に裏切られながらも、彼女を忘れられない。しかし、外に心から愛する人ができて、やっと彼女から解放されるというような筋書きである。さすがのミルドレッドも、病気には勝てず、最後には顔まで崩壊して、惨めに死んでいくのである。そういう汚れ役を、ベティ・デヴィスは完璧に演じ切っていた。

尚この映画は、ミルドレッド役をめぐって、大勢の女優にオファーがあったが、ことごとく断られたという。こんな汚れ役をやったのでは、自分自身のイメージ形成にマイナスになると思われたからだろう。そこをベティ・デヴィスが受けたのは、冒険だったわけだが、その冒険は、彼女にとって有利に働いたわけである。



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