壺齋散人の 映画探検
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民衆の敵(The Public Enemy):1930年代のアメリカギャング映画



ジェームズ・キャグニーは、エドワード・G・ロビンソンと並んで、1930年代アメリカギャング映画を代表する俳優である。二人とも、小柄ながら不敵な面構えで、いかにもたたき上げのギャングといった風格を感じさせる一方、人間的な弱さも感じさせて、複雑な陰影を漂わせた。そこがアメリカギャングの心意気を感じさせたのだろう。ギャングスターといえばこの二人が自然と浮かび上がるほど、人々に受け入れられた。そんなキャグニーにとって、「民衆の敵(The Public Enemy 1931年)は、彼を一躍スターダムにのし上げた作品である。

この映画は、あるギャングの生涯を描いている。街の悪ガキが、成長してチンピラとなり、さらには街のギャングの大ボスになっていった果てに、ギャング同士の抗争の中で、自滅して死んでゆく過程を描いたものだ。この映画を見ていると、人間の中には、ギャングに適した性格のものがいて、そうした人間は、どんな事情があってもギャングになるように運命付けられているといった諦念のようなものが伝わってくる。アメリカ社会というのは、何でもありの柔軟な社会なので、ギャングに適した性格の人間は、水を得た魚のようにギャングになるものだ、というわけであろう。

この映画の主人公の場合には、彼が本格的なギャングになるきっかけは、禁酒法の施行であった。この法律が1919年に施行されると、俄に密造酒の地下ビジネスが盛んとなり、その利権をめぐって巨大な暗黒世界が成立した。そこから1920年代から30年代にかけてのアメリカギャング全盛時代が訪れる。この映画の主人公も、その暗黒世界に飛び込んでいって、そこで自分本来のギャング体質を思う存分発揮して飛び回るというわけである。この地下ビジネスが成立した瞬間に、ギャングの一人が、「アワ・タイム・ハズ・カム」とささやくシーンがあるが、禁酒法という法体系の成立が、ギャングたちに素晴らしい時代の到来を約束したのである。

映画の舞台はシカゴのようだ。その街に住んでいるトミーという子どもは、子どもながら悪徳に染まっている。彼にはマットという相棒がいて、二人でつるんでは盗みや密売などの悪事を働いている。まさにやくざの予備軍である。そんな彼らはそのまま成長して街のチンピラとなり、次第に大きな悪行に手を染めるようになる。そんな彼らが飛躍するチャンスを禁酒法の施行がもたらす。密造酒の需要が高まったことを背景に、彼らも密造酒の闇ビジネスに手を染めるのだ。この闇ビジネスには、利権をめぐって、ギャング同士のすさまじい抗争が伴う。二人は持ち前の腕力でその抗争を勝ち抜き、一躍暗黒街の顔役に出世するのである。

一時は暗黒街のトップに上りつめた二人だが、ふとしたことから抗争が激化して、二人は敵方の組織によって殺されてしまう。その殺され方が、多少変っている。二人は敵方の追及を前に、仲間によってある場所にかくまわれるが、そこを退屈して外へ出ていったところを、敵のガンマンに狙撃されて、まずマットが殺される。それを恨んだトミーが、単身で敵方に乗り込み復讐を果たしたのはいいが、自分自身も銃弾を浴びて病院に入れられる羽目になる。そこを敵方に拉致されて、殺害された挙句、遺体を家族の玄関先にほうり出されるのである。

トミーは友だちを殺された怒りから自分の破滅を招いたということになっている。トミーは合理的でクールな男というよりは、意地に拘るウェットな人間として描かれているのである。彼のウェットさをあらわす部分は他にもある。昔自分たちをだました相手を、数年後に見かけたときに、すかさずその家に押しかけていって、だました罰だといいながら殺してしまうし、また、仲間のネイルズが落馬して死んだ際には、仇討と称してその馬を殺してしまうのである。これはまともな人間のやることではない。

禁酒法が背景にあるからとあって、密造酒の現場が多く出てくる。法が施行された直後には、従来の醸造所がまだ沢山残っていて、ギャングたちはそこに目をつけて酒の密造を行うのだ。作った酒は売りさばかねばならないが、そのためには酒屋を系列化しなければならない。闇の世界にも資本主義の法則が厳然と働くといったことを、この映画は判らせてくれる面もあるわけだ。

ジェームズ・キャグニーは、G・ロビンソン同様165センチくらいの背丈で小柄だったというが、映画の中ではそんなに小柄には見えない。他の俳優にも小柄な男たちを多く使ったためだと思われる。ただ、グウェンという女だけは、大柄で肥った女というイメージが伝わってきて、彼女と一緒にいるときのキャグニーは、アマゾネスに可愛がられている子どものような印象を与える。





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