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ビリー・ワイルダー「失われた終末」:アルコール中毒患者を描く



ビリー・ワイルダーは、ウィリアム・ワイラーと並んで、アメリカ映画の黄金時代を代償する監督。1945年の作品「失われた終末(The Lost Weekend)」は、かれの出世作だ。テーマはアルコール中毒患者の境遇。この手のものを取りあげた映画としては古典的名作ということになっており、いまでもアル中治療プログラムの一環として組み入れられているほどだ。

レイ・ミランド演じる売れない作家ドン・バーナムが、重度のアルコール中毒に陥っている。兄が酒をやめさせようと努力する一方、恋人のヘレンもかれを支えようとしている。そんな折に、兄が終末旅行に弟を誘う。旅行の間は酒を飲ませないよう監視するつもりなのだ。その意図を見抜いた弟のドンは、企みをめぐらして兄だけを旅行に行かせ、自分はアパートに残って酒を飲むつもりだ。

そんなふうにして映画は始まり、酒におぼれるドン・バーナムの生き方と、なんとか彼を支えようとするヘレンの愛情ある行為に焦点を当てる。その合間に、彼らの出会いの成り染とか、これまでのアルコール依存の状態などが回想される。

兄の不在中酒を浴びるほど飲んだバーナムは、急性アルコール中毒の症状を呈する。アルコール治療専門病院に運び込まれたり、その病因を抜け出しバーで無銭飲食を働いたり、堕落の限りを尽くした挙句に、意識の繊毛状態に見舞われて、ついに自殺を決意する。しかしヘレンの献身的な説得を受け入れて、何とか立ち直ろうと考え直す、というような筋書きである

ドラマ展開としては単純であるが、画面の構成とか、心理状態の描写に工夫があり、かなりワクワクさせる内容になっている。しかしある種のハッピーエンドになっているせいで、アルコール中毒の深刻さが緩和されているきらいがないではない。もっとも、この患者に死なせてしまっては、アルコール中毒の治療プログラムには使えないかもしれない。

レイ・ミランドの演技に迫力を感じる。また、恋人のヘレンを演じたジェーン・ワイマンもなかなかよい。決して美人とはいえないが、心の美しさが人を打つのである。

なお、バーナムが商売道具のタイプライターを質に入れようとして、街を彷徨する場面がある。どの質屋も締まっているので、不審に思ったバーナムが、なぜどの質屋も締まっているのかと通りがかりの男に問いかけると、今日はユダヤ人の祝日だという答えが返ってくる。当時のアメリカでは、質屋はユダヤ人の専業だった、と伝わって来るシーンである。いまでもそうなのかはわからない。いずれにしても、シャイロックを思い出させるような演出である。




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