壺齋散人の 映画探検
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情婦:ビリー・ワイルダーの法廷ミステリー映画



英国人と英国系米国人はミステリー小説が好きで、したがってミステリー映画も盛んに作られている。なかでも法廷を舞台としたミステリーは、法廷ミステリーと呼ばれて、ミステリーの花形といってよい。その法廷ミステリー映画の古典的名作といえるのが、ビリー・ワイルダーの1957年の作品「情婦(Witness for the Prosecution)」である。

原作はアガサ・クリスティーであるから、ミステリーとしての醍醐味は超一流である。とにかく心憎いほどによく出来ている。疑惑の転回が二転三転して、その挙句にあっと言わせるような結末が控えている。どんな人でも固唾を呑まずには見られない傑作である。

チャールズ・ロートン演じる法廷弁護士と、マレーネ・ディートリヒ演じる容疑者の妻との心理的な駆け引きがこの映画のミソである。タイロン・パワー演じる容疑者の無罪を確信している弁護士は、無罪の立証のために最大限の努力を傾ける。ところがその努力を、ほかならぬ容疑者の妻が妨害する、あるいは妨害するように見せる。容疑者にはアリバイはなく、しかも実際に殺人を犯したと法廷で証言するのだ。

これで容疑者の有罪は固まったと同然という事態になるわけだが、そこにどんでん返しが待ち構えている。妻の証言が真赤なうそだと証明されるのだ。その結果容疑者は無罪になる。事態がとんとん拍子でうまく進むのを見て、弁護士は割り切れない気分を抱く。出来すぎだと思うのだ。

弁護士のカンはあたっていた。じつは、裁判劇の流れを仕込んだのは妻だったのだ。彼女は最初自分の証言によって夫を有罪に陥れながら、それがうそだったと明らかにすることで自分の証言の真実性を破壊し、そのことで夫を無罪に導いたというのだ。それは夫を心から愛していたためだが、その愛が裏切られる。夫は実は殺人を犯していたうえに、その殺人を妻によって無罪にしてもらい、釈放された途端に、別の女といちゃつくのだ。それを見たマレーネ演じる妻は、さすがにキレて夫をナイフで刺し殺すのである。そんなマレーネを弁護士は好きになり、彼女の弁護も引き受ける決意をするというわけである。

なにしろマレーネ・ディートリヒの鬼気迫る演技がど迫力でせまってくる。この時のマレーネは56歳だった。若い頃のマレーネには独特の色気があったが、初老となったマレーネにも、その年ならではの色気がある。まさに一代の名女優と呼ばれるだけのことはある。

一方、マレーネの相手方をつとめたロートンは、あのチャーチルを彷彿させるイメージで、心憎い演技を見せてくれた。かれら二人に比べれば、クレジット上の主役であるタイロン・パワーがかすんで見えるくらいである。

なお、英語の原題は「検察側証言」という意味で、映画の内容とマッチしている。それを邦題ではなぜ「情婦」としたのか、どうも理解に苦しむ。これではマレーネが気の毒だ。




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