壺齋散人の 映画探検
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ドキュメンタリー映画:歴史と作品


ドキュメンタリー映画の歴史は、映画の歴史と同じように長い。リュミエール兄弟が世界で最初に映画製作に取り掛かった時、まずは現実の光景をそのまま活写することから始めた。彼らによる世界最初の映画「工場の出口」は、文字通りある工場の出口にカメラを据えて、その前を行き来する人々を写したものだった。だが、これは厳密な意味でのドキュメンタリー映画とは言えず、単に動く写真といってよかった。

映画のドキュメンタリー性が高く評価されて、文字通りドキュメンタリー映画の名にふさわしい作品が作られるようになるのは、第一次世界大戦以後のことだ。第一次大戦を記録した映画はあまり残っていないが、1930年代以降に大国間の戦争の可能性が高まると、戦争にそなえたプロパガンダ映画が多く作られるようになる。ドイツ人レニ・リーフェンシュタールのナショナリズムを煽るような映画は、そうしたプロパガンダ映画の典型である。

第二次大戦がはじまると、各国はこぞって自国民の戦意高揚をはかるプロパガンダ映画を作るようになる。アメリカでさえ、ワイラーやワイルダーなどの巨匠たちが戦意高揚映画をつくったものだ。日本でも多くの戦争ドキュメンタリー映画が作られたが、不思議なことに日本では、戦意高揚というより、兵士たちの過酷な境遇に焦点を当てたものが多く、むしろ厭戦気分をかきたてていると見られて仕方がないような面もあった。

第二次大戦後は、多彩な領域の様々な問題をテーマとしたドキュメンタリー映画が作られた。ベトナム戦争など、新しい戦争をテーマとしたドキュメンタリー映画が作られた一方で、政治腐敗とか環境破壊問題などが新たなテーマとして追求された。その一方、エンタメ系のドキュメンタリー映画も作られた。

日本のドキュメンタリー映画としては、原爆災害など戦争の後遺症というべきものに焦点を当てた映画が多く作られた。また、公害問題、自然災害、社会問題なども取り上げられるようになり、多彩なドキュメンタリー文化というべきものが存在している。

ここでは、そんな日本及び諸外国のドキュメンタリー映画を紹介する。優れた作品を鑑賞しつつ、適宜解説・批評を加えたい。


亀井文夫のドキュメンタリー映画「上海」:日支事変後の上海

戦ふ兵隊:亀井文夫の戦争映画

原和夫「ゆきゆきて神軍」:アナーキスト奥崎謙三の戦争犯罪追及

ひろしま 石内都・遺されたものたち:被爆者たちの遺品

沖縄 うりずんの雨:沖縄現代史のドキュメンタリー

スティーヴン・オカザキ「ヒロシマナガサキ」:原爆投下した米兵へのインタビュー

土本典昭「回想川本輝夫」:水俣病問題に半生を捧げた男

ドキュメンタリー映画「311」:東日本大震災の記録

原一男「A」:オウム真理教を追ったドキュメンタリー

原一男「全身小説家」:井上光晴の晩年を追う

河村光庸「パンケーキを毒見する」:菅義偉の人物像

ドキュメンタリー映画「主戦場」:慰安婦問題をインタビューで追う

ドキュメンタリー映画「靖国」 靖国神社をめぐる人々の言動を記録

想田和弘「選挙」 市議会選挙運動を追ったドキュメンタリー

想田和弘「精神」 精神科医師と患者とのかかわりを描いたドキュメンタリー


ドキュメンタリー映画「アラン」:アイルランドの離島の厳しい生活

アラン・レネ「夜と霧」:アウシュヴィッツの記録

オイーター・デイヴィス「ハーツ・アンド・マインズ」:ベトナム戦争の記録

ミシュア・オッペンハイマー「アクト・オブ・キリング」:インドネシアの大量虐殺事件を追う

マイケル・ムーア「華氏911」:ブッシュ・ジュニアを痛烈批判

マイケル・ムーア「華氏119」:トランプを戯画化

娘は戦場で生まれた:シリア内戦のドキュメンタリー

私はあなたの二グロではない:アメリカの黒人差別

不都合な真実:アル・ゴアの地球環境保護運動を紹介するドキュメンタリー

シチズンフォー スノーデンの暴露:米政府による国民のプライバシー侵害をあばく

ドキュメンタリー映画「フード・インク」:アメリカの食料を支配する巨大企業

ドキュメンタリー映画「ラッカは静かに虐殺されている」:ISと戦うシリア人

自由と壁とヒップホップ パレスチナ人の音楽活動を追う

ガーダ パレスチナの詩 ガザの陰惨な日常

トルコ映画「猫が教えてくれたこと」 猫とともに生きるイスタンブールの人々


ドイツ映画「みつばちの大地」:蜜蜂死滅の原因を追う

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ:キューバ音楽の魅力

ドキュメンタリー映画「すばらしき映画音楽たち」 映画音楽の歴史

ドキュメンタリー映画「ようこそ映画音響の世界へ」 音響技術発展の歴史



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