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山本薩夫「松川事件」:冤罪事件を描く



山本薩夫の1961年公開の映画「松川事件」は、1949年に起きた国鉄列車転覆事件をテーマにした作品。この事件は戦後最大の冤罪事件といわれた。20人が起訴され、第一審では死刑の五人を含め全員が有罪となったが、最終的には全員無罪となった。そのことから仕組まれた冤罪といわれ、そこに国家権力の意思を見るものもある。この事件が起きた1949年ごろは、共産党や労働組合の影響力が高まり、革命を感じさせるような雰囲気もあったので、それをおそれた権力がつぶしにかかったのではないか、という憶測がなされたものである。

監督の山本薩夫は、自身共産党員であることを公言しており、その立場から権力批判を繰り広げてきた。この映画もまた、かれの権力批判活動の一環としてなされたものだ。事件で起訴された人々は、共産党員や労働組合の幹部であり、山本としては他人事ではなかったはずである。

事件そのものは、1949年の8月に発生し、その年の12月に公判が始まった。翌1950年福島地裁で一審判決があり、全員が死刑を含む有罪。1553年には仙台高裁で二審判決がだされ、三人が無罪となったが、ほかのものには一審とあまりかわらぬ判決が出された。だが、1959年に、最高裁が二審判決を破棄し、仙台高裁に差し戻し。その結果1961年に仙台高裁において全員に無罪判決が出た。

映画は、事件の発生と警察による「容疑者」の検挙に始まり、一審の審議を中心にして、二審の審議の様子を描いた後、最高裁に上告されるまでを描いている。映画が公開されたのは1961年の1月であり、全員に無罪判決が下されるのは同年8月であるから、映画の公開は裁判進行中になされたわけである。この映画は、裁判の正当性に疑問をなげつけ、判決を厳しく批判するものであったから、とかく世論をにぎわすことになった。

じっさいこの映画を見たものは、日本の警察のめちゃくちゃな捜査ぶり、検察もまた警察とグルになって容疑者を馬鹿にする。裁判官までが予断をもって、警察と検察の言い分をうのみにする、といったことを実感させられ、日本の司法への不信感を強めさせられたと思う。

この裁判は、すさまじい社会的反応を引き起こした。広津和夫をはじめとした文化人が、裁判傍聴の様子を雑誌に書いたりして、裁判批判を繰り広げたことも、世間の騒ぎをあおることになった。それに対して司法当局は居丈高な姿勢で臨むばかりであったが、結果的に検察の主張が却下される事態となった。

160分を超える長編であるが、飽きさせない迫力がある。




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