壺齋散人の 映画探検
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溝口健二の映画:作品の解説と批評


溝口健二は、小津安二郎と並んで、日本映画の黎明期を代表する偉大な映画監督として、世界的な名声を確立している。その名声は日本国内でよりも欧米諸国でのほうが高いようだ。先日旅行したロシアでは、モスクワの国立博物館で溝口健二展がいまだに開かれていたほどだ。日本の国立博物館が、溝口健二を顕彰する風景は考えにくい。ロシアに限らず、溝口を顕彰し、その影響を論じる海外の映画人は多い。日本の映画人も、溝口をもっと尊重してよいのではないか。

溝口健二の映画の最大の特徴は、弱いものたち、とりわけ女性の生き方を、その身に寄り添いながら描いたことにある。それについては、溝口の姉が芸者として一家の生活を支えたというような事情も働いていたようである。溝口はそんな姉の姿を子ども心に眼にしながら、日本の女のけなげさとか悲しさを実感したに違いないのだ。

女に寄り添う溝口健二のそうした姿勢は、初期の傑作「難波エレジー」から戦中の芸道三部作を経て、戦後の「西鶴一代女」や遺作となった「赤線地帯」まで一貫している。溝口はそんな日本女性の本質的なあり方を、女の意地に見たのではないか。それがもっとも強く表れているのは、芸道三部作といわれるものだ。この三部作のうち、「浪花女」と「芸道一代男」は失われてしまったが、現存ずる「残菊物語」は、この三部作の特徴をよく感じさせるといわれている。その映画はまさに、女の意地を描いたものだった。戦後の作品にも、女の意地を描いたものが多い。

溝口健二の名声を支える象徴的な作品としては、ヴェネツィアの映画祭で実質的なグランプリに輝いた「雨月物語」があげられるが、これは溝口の作品のなかでは毛色の変わった部類に属する。「雨月物語」は上田秋成の有名な作品を換骨堕胎したもので、無論溝口らしい切り口も感じられるが、その幻想的な雰囲気は、遊びの精神のもたらすものといってよい。その遊びの精神が、世界中のもの好きたちをうならせたのであろう。

溝口健二は女の意地を描く一方、女の恋心を描くことにも巧みだった。溝口の恋愛映画としては、時代劇ではあるが、「近松物語」を小生は、日本の恋愛映画の最高傑作だと思っている。また「山椒大夫」は、弟のために命を捨てる安寿姫を情感豊かに描きあげた。そこには、人間としての崇高なまでの愛がみられる。「山椒大夫」はもともと語り物芸能説経節の一曲を、森鴎外が小説の形に脚色しなおしたものであるが、それまでもっぱら男の意地を描き続けてきた鴎外が、この作品を契機に女の愛を描くようになった。つまり人間の意地から、人間の普遍的な感情である愛へと向き直ったわけだ。それと同じことが、溝口健二にも言えるのではないか。

溝口健二は、戦前から戦後にかけて長い間、女優の田中絹代を起用することが多かった。田中を起用した映画の中では、「西鶴一代女」が最高のできだ。溝口はその田中に惚れていたという。だが田中は溝口の愛に応えるつもりはなかったようだ。それには、田中が映画監督としてデビューしたことを、溝口が否定的に批評したことに原因があるともいわれる。実際田中は、「噂の女」を最後に溝口映画に出なくなるのである。「噂の女」の中の田中は異常に饒舌で、京都が舞台であるにかかわらず、長州なまりの、聞き苦しいセリフ回しをしている。溝口の演出が田中を、わざとおちょくっているようにも見える。

遺作となった「赤線地帯」は、文字通り赤線で身を売る女たちを描いたものだ。娼婦といえばとかく日陰者扱いされるが、この映画に出てくる娼婦たちは、自分の生き方に恥を感じてはいない。誇りとまではいえないが、これが自分の生き方だと達観しているところがある。それは女を見る溝口健二の目に、女を愛おしく思う視線があるからだと思う。生涯女の立場から世の中を見続けてきた溝口としては、ある意味仕上げのような作品だったと言えるのではないか。ここではそんな溝口健二の世界について、代表的な作品を取り上げ、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい。


滝の白糸:溝口健二の世界

浪華悲歌:溝口健二の世界


祇園の姉妹:溝口健二の世界

愛怨峡:溝口健二の世界

残菊物語:溝口健二の世界

夜の女たち:溝口健二の世界

お遊さま:溝口健二の世界

西鶴一代女:溝口健二の世界

雨月物語:溝口健二の世界

祇園囃子:溝口健二の世界

山椒大夫:溝口健二の世界

噂の女:溝口健二の世界

近松物語:溝口健二の世界

新・平家物語:溝口健二の世界

赤線地帯:溝口健二の世界


ある映画監督の生涯:新藤兼人の溝口健二へのオマージュ



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