壺齋散人の 映画探検
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噂の女:溝口健二の世界



溝口健二の1954年の映画「噂の女」は、京都の女郎屋の人間模様を描いた作品。女郎屋の女主人とその娘との関係を軸にして、その親子と男女関係にある男とか女郎屋の芸妓とかがからんで、さまざまな人間模様が展開されるというふうになっている。見どころは、若い燕に夢中になった女郎屋の女主人(田中絹代)が、その燕を娘(久我美子)に奪われそうになって逆上するところ。田中が燕に小言をいうと、いいじゃありませんかと言い返され、暖簾に腕押しのくやしさを感じる一方、娘のほうは自分と母親を両天秤にかけている燕に愛想をつかす。この燕には親子丼を好む傾向があるようなのだが、そう簡単に食われてなるものか、と娘は思うのである。

そんなわけで、基本的には喜劇仕立てなのだが、田中や久我といった生真面目な女性たちが演じているので、なかなか喜劇にはならない。かといって悲劇でもない。とにかく不思議な映画である。

京都の女郎屋が舞台とあって、芸妓=女郎たちの生きざまがもうひとつの大きなテーマになっている。ふつう女郎といえば悲惨な境遇が強調されるものだが、この映画の中の女郎たちは、誇りをもってけなげに生きている。その女郎たちに対して女主人は人間的に接している。だから女郎たちからはなにかと便りにされる。男と逃げた女郎も、男に捨てられると再び身を寄せてくるのだ。そこは、女郎屋と女郎とが運命共同体としての、疑似親子関係にあることが暗示されているわけだ。溝口自身、女郎屋と女郎との関係を、対立関係ではなく協力関係にあると捉えていたようだ。そういう考え方は、自分の実の姉が日本橋の芸者であったことから影響されたのであろう。

こうした疑似親子関係としての女郎屋の世界は、二年後の「赤線地帯」でも取り上げられている。女郎たちはおかみをお母さんと呼び、自分の運命を主人に預けている。決して搾取されるばかりのものとは描かれていない。そんな世界に小娘が奉公してやがて客を取るようになるのは、大人になったあかしだというふうに描かれる。この映画でも、死んだ姉のかわりに自分を雇ってくれと少女が懇願する場面が出てくるのだ。

そんなわけで、溝口は映画を通じて日本の女郎屋制度を擁護しているのではないかとの批判も生まれたところだが、溝口はなにもそんなつもりで作ったのではなく、自分の姉も生きていた女郎屋の世界を共感をもって描いたということではないか。

例によって、歌舞伎とか能の舞台が長々と映し出される。そのなかでも特に面白いのは、茂山忠三郎一座の狂言の舞台だ。これは大曲を復活したものだとアナウンスされるので、おそらく普段あまり演じられることがないのであろう。曲名を「恋の落ち度」といい、老婆の枕狂いがテーマというのだが、老婆の枕狂いは、田中絹代演じる女郎屋の女主人の若い燕への思いそのものをあらわした言葉だ。そのへんに、溝口一流のユーモアを感じさせる。茂山忠三郎一座は京都を根拠としているので、京都の能を紹介するこの映画には、全面的に協力したということらしい。

映画の最初のほうでは、女郎屋という汚れた商売に反発していた娘が、次第に女郎たちに同情する過程を通じて、ついには母親に代わって店を切る盛りするようなる。その娘のはつらつとした顔が晴れ晴れしく映った。そういうところを見せられると、溝口がいかに女郎屋の世界を愛していたかが察せられるのである。

なおこの映画は、「山椒大夫」と「近松物語」に挟まれた形で作られたもの。この二つの偉大な作品の合間に、肩のこらない、しかも溝口好みのテーマをさらりと描いたということだろう。溝口がこの映画を作ったのは1954年のことで、その年に彼は四本も作っている。その二年後に死んだわけだから、溝口は死を前にして最後の花を咲かせたということになる。




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