壺齋散人の 映画探検
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はたらく一家:成瀬巳喜男



成瀬巳喜男の1939年の映画「はたらく一家」は、成瀬の作品系列の中では異色の作品である。女を描くことに拘ってきた成瀬がこの映画の中で描いたのは、女ではなく、「はたらく一家」つまり労働者の家族の生活ぶりである。この映画が公開された頃の日本は、労働者世帯の生活は苦しく、その意味では社会的弱者の立場にあるといえなくもなかったので、同じく社会的弱者である女の立場に通じるものがないとはいえなかったが、やはり女とはたらく一家では、かなり色彩を異にするというべきだろう。

この映画の原作は、徳永直の同名の小説である。徳永は戦前のプロレタリア文学の旗手で後に転向したことで知られるが、この作品は転向した後に書かれたようである。だからあまり露骨な政治的メッセージはないが、それでも当時の労働者階級の生活の貧困に対する鋭い批判意識は込められている。徳永はインテリアとは違って、労働者上がりの作家だったので、労働者の生活に対する同情は半端なものではなかった。そういう立場から労働者の生活を描いたわけだから、いきおい社会的な視線を感じさせるわけである。

この映画は、そんな徳永の問題意識をかなり忠実に表現しているようである。

この映画に出てくる労働者世帯は、一家の柱である親父夫婦と、五男一女の子どもたち、それに生まれて間もない性別不明の子ども、合わせて七人の子どもと、その子どもたちにとっての祖父母、総計十一人家族である。それが小さな家で、身を寄せ合うようにして生きている。

この家族のうち、父親と三人の息子が働き、その四人の稼ぎで暮らしているが、暮らしぶりは楽ではない。その日暮らしといってもよい。息子たちのうち長男はもうそろそろ嫁を取る年だが、自分で家族を持てるほどの収入がない。それどころか、自分がいなくなると、残された家族の生活がなりゆかなくなる恐れがあるくらいに、家族から便りにされている。

いまの感覚ではとても理解できない。四人で働いていたら、生活の余裕ができそうなものだが、そうではないという。父親も三人の子どもも、自分で家族を持って養えるほどの賃金を貰っていないわけである。つまり労働者家庭が最低限の生存を保障され、自らを再生産してゆけるだけの賃金の水準にないわけだ。

こうした生活条件を前にして、子どもたちがそれに疑問を持つ、というのがこの映画の基本プロットである。まず長男が疑問を持つ。二十二にもなって結婚も出来ない、このままだと浮かばれる見込みがない、社会の底に沈んだままで一生を終わってしまうだろう。そうならないためにも、ちゃんとした学校に行って学問を身につけ、きちんとした職業に尽きたい。そのためには、家族のくびきから、少しの間でも開放される必要がある。ところが両親は、長男に去られたら生活が苦しくなるし、第一他の子どもたちにも伝染して、家族がばらばらになってしまう、と恐れて、長男の希望を相手にしない。

次男と三男は両親に遠慮してなにも言わないでいるが、本心はやはり長男と同じように学問をしたいと思っている。また四男はもうすぐ小学校を卒業するが、できたら上の学校に行きたいと思っている。ところが父親はゆとりがないことを理由に丁稚奉公に出すつもりでいる。そんな四男に、母親は小遣い銭を貯めた金を借りようとしたりまでする。それで、あまりにも惨めな気持になった四男は自暴自棄になって、持っていた金を友人への振る舞いで散在してしまうのだ。

こんな調子でこの映画は、子どもたちを食い物にして生きている情けない両親に焦点を当てることで、当時の日本の労働者階級のかなり悲惨な状態を浮かび上がらせているわけである。

結局親父が折れることで事態は収まる。長男は家を出て自立する決心をつける。次男と三男もいずれは長男と同じ道をたどるだろう。ともかく今の生活には未来が見えないのだから。一人四男にだけは、明るい未来が見えない。親父には中学校に行く学費は出してもらえそうもないからだ。

それにしてもこの映画が作られたのは1939年のことで、日本は軍国主義の全盛期にあった。この映画に出てくるような若者は、どんどん徴兵されていた時代だ。そんな時代に、若者の家族がこんな悲惨な状態にあったら、彼らは安心して応召する気にはならなかったのではないか。

親父を演じた徳川夢声が渋い。夢声はサイレント時代に弁士をやっていたが、トーキーの時代になって俳優をやる傍ら、弁士時代の技能を活用してラヂオのトーク番組などで人気を博した。戦後も長い間活躍したものだ。彼の徳川という苗字から、筆者などは徳川家の後胤かと勘違いしたものだが、徳川とは縁も血のつながりもないそうだ。

ともあれこのような作品を当時の軍部がよく許したものだと感心する。





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