壺齋散人の 映画探検
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麦秋:小津安二郎の世界



麦秋とは、麦の穂が実る頃、季節でいえば初夏である。この題を冠した小津安二郎の映画「麦秋」はだから、前作「晩春」を強く意識した作品だと感じさせる。事実この映画は、色々な面で、「晩春」のバリエーションといえるのである。

まず、原節子演ずる主人公の女性の名前が前作と同様「紀子」だ。そしてその紀子の結婚をめぐる話だという点も前作と同じだ。少し違うのは、前作で父親を演じた笠智衆がこの作品では兄ということになっている。その兄が妹の結婚をあれこれ心配するのは、前作で父親が娘の結婚を心配することのアナロジーになっているが、前作では娘はおとなしく父親の云うことを聞いたが、ここでは妹は兄の云うことに逆らって自分の意思を通す。彼女は自分の人生を自分で選択する強い女として描かれているのだ。

舞台はやはり鎌倉。そこの小さな家に、主人公の女性のほか、年老いた両親、兄夫婦とその二人の息子、あわせて7人家族が暮らしている。その点、父子家庭だった「晩春」の家族とは大いに異なる。結構賑やかな家庭生活が展開されていくのである。この映画の見せ場は、もっとも地味であるはずのそういう日常の生活のこまごまとした場面なのだ。

父親は既に引退していることになっていて、一家の柱は兄である。その兄は東京の大学病院に通う医師という設定だ。主人公の女性は、都心のオフィスに通っている。彼女には仲の良い女友達が何人かいて、彼女らとの交流の様子が、この映画にそれなりに華やかな彩りを添えている(特に淡島千景がチャーミングに描かれている)。

平凡な日常生活に波風がたつきっかけをつくったのは、紀子への縁談話だった。その話は紀子の上司の専務が持ち込んできたのだったが、それを聞いた兄も両親もすっかりその気になってしまう。というのも、紀子は既に28にもなり、婚期を逸しかけている年齢だからだ。しかも相手は社会的に地位のある人だというし、この機会を逃したら、もういい話は来ないかもしれない。そんな焦りもある。そうした家族の期待に接して、紀子の方はなかなか決断しないでいる。

さて近所には、兄の部下という医師の男が住んでいる。男は妻に先立たれ、幼い娘と母親との三人暮らしだ。その母親(杉村春子)が、紀子の縁談話を聞きつけて挨拶にやってくる。実はこの母親は、常日頃、紀子のような女性が、息子の嫁になってくれたらどんなにかすばらしいだろうと思っているのであるが、最初の頃は、そんなそぶりはおくびにも現さない。

しかし、息子が紀子の兄の紹介で秋田の病院に栄転することになり、自分も息子と一緒に移る段になって、餞別にやってきた紀子に対して、日頃抱いていた気持ちを正直に言う。あんたが息子の嫁になってくれたらどんなにかうれしいかと。すると、紀子はそうしますと応えるのである。母親はそれこそ有頂天になって喜ぶ。その母親を演じる杉村春子の演技が見ものだ。

紀子は母親にいとまを告げて帰る途中、道で息子たる医師の男と出会う。しかし紀子は、いまさっきのやりとりには一切触れないで、簡単な挨拶を言っただけで行ってしまう。息子は家に帰って始めて、紀子が母親にいったことを聞かされ、喜ぶのである。

こうして紀子は、自分の家族に対して自分の考えを告げる。それに対して、兄も両親も不服そうな反応を示す。相手は子持ちだし、将来の出世もそうは期待できないかもしれない。それに比べて専務さんから紹介された人は、たしかに年齢は42歳と少々いっているが、その他の面では申し分がない。そういって紀子に翻意するように迫るのである。しかし紀子はついに自分の意思を通す。

この場面で、笠智衆が紀子に説教するシーンが一つの見せ場だ。それはまず、笠智衆が父親の役柄で息子の佐野周二に説教を垂れる「父ありき」の場面を思い出させる。「父ありき」にあっては、息子は父親と一緒に暮らすことを希望して出世をあきらめようとするのを、父親がこんこんと諭し、それに対して息子が屈服したのであるが、ここでは、世間的な幸福を強調する兄の言葉に対して、妹は正面から言い返すのである。兄と妹の対立軸が前面に現れ、老いた両親は脇へ下がる。彼らは隠居として長男に遠慮しているのである。母親役の東山千栄子は、あの能面のような表情で、ただただ娘の行く末を心配するばかりで、自分から進んでどうこうということはいわない。それどころか両親は、息子と娘との対立を横に置き、自分たちの部屋に下がってしまうのである。

このようにこの映画では、恋愛をめぐる女性の自立した意思が強調されるのであるが、その割に恋愛そのものが描かれることはない。先ほど触れたように、紀子とその相手とは、互いに簡単な挨拶をして別れた後は、一度も一緒に画面に現れることはないのである。

このほか、この映画では、「晩春」との比較を促すような場面が随所に出てくる。その一つに、北鎌倉から東京方面への通勤場面がある。「晩春」では笠智衆と原節子の父娘が一緒に電車に揺れるシーンが出てくる。そのシーンの中で父娘は互いに互いを気遣っていた。この映画では、兄妹が一緒に電車に乗ることはなく、そのかわりに原節子は北鎌倉のホーム上で兄の部下の医師を目ざとく見つけると傍にかけよって、さも偶然のように挨拶をするのである。

「晩春」では梅若万三郎の能の舞台がかなり長い時間をかけて映されていたが、この映画の中では歌舞伎の舞台がちょっぴりと出てくる。しかし俳優の演技は映されず、音曲とセリフが聞こえて来るだけである。その音曲は舞台の上ばかりではなく、待合茶屋の部屋の中にあるスピーカーからも聞こえて来る。その茶屋はどうやら築地にあるらしく、そこの娘(淡島千景)と原節子とが仲の良い友達同士ということになっている。

次に、両作品とも海の映像が効果的に使われている。この映画の舞台は北鎌倉と言うことになっていて、そこから海までは大分遠いはずなのだが、海はあたかも家のすぐそばにあるといった描かれ方をしている。父親に叱られて家出をした幼い兄弟がうろつきまわるのも由比ガ浜と思われる海であるし、紀子が兄嫁に自分の本心を打ち明けるのも浜辺においてだ。(「長屋紳士録」では、茅ヶ崎の海を舞台に飯田蝶子が孤児と不思議な交流をする場面が出てきた。小津は海が好きなのだろう)

似ているようで少し違うのは最後のシーンだろう。晩春では、娘が父親に最後の挨拶をして旅立っていき、その後に父親が一人残される。この映画では、原節子の結婚は表には現れず、年老いた両親が田舎に引っ込む様子が映し出される。その田舎とはおそらく両親の実家なのだろう。時はあたかも麦秋の頃、一面に広がる田園には麦の穂が垂れている。そしてその田園の中を、嫁入りの一行が行列をなして進んでいく。それを老いた両親が感慨深げに見送るところでこの映画は終わるのである。これもひとつの別れの形であるが、ここでの別れは家族の解体と言う形をとっている。

家族の解体という点では、この映画には不在の人が出てくる。不在の人とは紀子のもう一人の兄で、彼は戦死も確認できないままで、まだ復員してこないということになっている。父親や兄は、すでにあきらめているのだが、母親だけはまだあきらめきれないで、もしかしたら帰ってくるかもしれないと思っている。紀子が結婚を決意した医師は、この兄の親友だったのだった。戦中戦後の作品で、戦争を意識させる場面を極力避けてきた小津であったが、この作品では、それを正面に持ち出したわけである。

ともあれ、この映画はホームドラマという点で、「晩春」のバリエーションでありながら、それにとどまらないところもある。それは、結構大きな規模の家族を舞台にとっていることから生じるのだろう。家族の数が多くなれば、それにともなって一人一人に伴うエピソードの数も増える。それ故筋の進行も一段と複雑になるというわけである。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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