壺齋散人の 映画探検
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小さな兵隊(Le petit soldat):ジャン・リュック・ゴダール



ゴダールの1960年の映画「小さな兵隊(Le petit soldat)」は、アルジェリアの対仏独立戦争をテーマにしたものだ。この映画が作られたのはまだ独立戦争のさなかのことであったし、また、戦争の当事者が実名で登場することもあって、別にフランス政府を批判したわけでもなかったのだが、公開に待ったがかかった。公開されたのは、停戦後の1963年のことだ。

戦争がテーマといっても、戦争そのものを描いているわけではない。フランスとアルジェリアの諜報活動を追ったものだ。スイスに本拠を置く両国の諜報機関が、互いにしのぎをけずる。そのさまを描いた。

映画の作り方が凝っているので、多少わかりにくいところがある。当時のフランス人が見れば、おのずからわかったのかもしれないが、現代の日本人の目にはわかりづらい。だいたい、戦争にかかわる言葉も出てこないし、両国の諜報機関が関係していることは早い段階でわかるものの、それがアルジェリア戦争の最前線の角逐だというふうには、なかなか見えない。男と女の恋のさやあてが、フランスらしいタッチで描かれている、といったふうにまず伝わってくる。

男はフランスの諜報員の端くれだが、あまり忠誠心はなく、仲間の信頼も薄い。その男が、アルジェリア側の諜報員を殺すよう命令されるが、人殺しが嫌いな男は、それがなかなか実行できない。

そんなところに美しい女が現われて、男の心をつかむ。実はこれがアルジェリア側のスパイだということが最後にわかる。その女と、この男との恋のさやあてが、映画の大部分を占めるので、これは諜報活動をつまにしたラヴ・ロマンスといってよいかもしれない。

男は、アルジェリアの諜報員の大物を殺す任務を帯びているのだが、なかなか実行できないでいるうちに、相手側に拘束されて拷問を受けたりする。そのシーンが出てくるが、拷問と言うにはあまりにも手ぬるいシーンだ。水を張った浴槽に顔をつけられたり、ライターの火で手の皮膚を焼かれる程度だ。この程度の拷問なら、女でも耐えられるだろうと思われるので、アラブ式の拷問は、ヨーロッパ式に比べるとずっと手ぬるいと思わせられる。

しかも男はその拷問を簡単に逃れてまんまと脱出したりもする。この辺が、戦争関連映画としては、かなりのゆるさを感じさせる。男が拷問されたわけは、フランス側の諜報活動の情報を吐かせる目的からだが、男はなんとかそれを凌ぐ。ところが、女のほうは、フランス側に拘束されてひどい拷問を受け、それがもとで死んだというメッセージが流れる。アラブ人よりも、フランス人のほうが残酷だったということだろう。フランス政府がこの映画に腹をたてた理由は、案外そんなところにあったのかもしれない。

ゴダールは映画の中で、確固たる思想を持って行動するのは大事なことだ、と女に言わせている。その思想とは、民族解放思想のことをいうのだが、当時世界中に植民地を持っていたフランスとしては、民族解放などというのは危険思想だったはずだ。しかもそんなことを女の口から言わせるのはけしからん、というのがフランス政府の正直な感想だったろう。それがこの映画の公開に政府が待ったをかけた最大の理由だと思う。

フランス人は、女に対して意外とシビアな見方をしている。この映画の中でも、男は年とともによくなるが、女にはそういうことはない、というメッセージが流れる。女は年を取ると、何ら使い道がなくなる、と言っているように聞こえる。




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