壺齋散人の 映画探検
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めまい(Vertgo):アルフレッド・ヒッチコック



世界映画ランキングのベスト・ワンと言えば、長い間オーソン・ウェルズの「市民ケーン」の指定席のようなものだったが、21世紀になってまもなく、イギリス映画協会がヒッチコックの「めまい(Vertgo)」をベスト・ワンに選んで以来、多くの国でそれに追随する動きが広がり、いまやこれこそ世界映画史上最高の作品だと言う評価が定着するようになってきた。

「めまい(Vertgo)」は、いわゆるミステリー映画として実によくできている。ミステリー映画といえば、どちらかというと娯楽映画の範疇に分類され、芸術作品としてはまり高く評価されることはなかった。ヒッチコックの映画は、一代を風靡するほどの評判をとったにかかわらず、映画の賞とは相性が悪く、アカデミー賞をとったことがなかったほどだ。それが今になって高く評価されるようになり、ついに「めまい(Vertgo)」が世界映画史上の最高作としてランクされるようになったわけだ。

ミステリー好きで知られるイギリス人だからこそ、ヒッチコックのよさがわかるのだろうという見方も最初はあったが、他の国でも高く評価されるようになるにともない、やはりこの映画にはそれ相当の価値があるのだとする見方が広がるようになった。

その理由は何なのだろうか。やはり映画としての完成度が高いからだ、というのが最大の理由だろう。この映画は、ヒッチコックの作品としてはもっともよくできている。それまでのヒッチコック作品を彩っていた要素が満遍なく盛り込まれているだけでなく、比類のない調和を発揮している。ヒッチコックのミステリー映画には、筋書きの意外性、犯罪の謎解きと真犯人の追及、主人公が心理的トラウマを抱えていること、その関連でフロイト的な精神分析が展開されること、主人公に対する女性の働きかけが大きなウェートを占めていること、などの特徴が指摘されるが、この映画のなかにはこれらの要素がすべて盛り込まれ、そのうえに、これまでにない大仕掛けなトリックもある、という具合に、ヒッチコック作品としては、一頭抜きん出る完成度に達している。

この映画のすごいところは、それまでのヒッチコック映画のほとんどがハッピーエンドで終わっているのに、この映画はそうではなく、主人公を不条理な状況に放り出したまま終わってしまうことだ。こういう終わり方は、観客に強いストレスを強いることになり、映画としては中途半端な印象を与えることが多いのだが、この映画はかえって、そのストレスを強烈な感情としていつまでも強く印象付けるわけである。

ストーリーの詳細を記すことは控えるが、大まかに言うと、前後二段構成になっている。前段では友人から妻の素行を調査するよう依頼された男(ジェームズ・スチュワート)が、その妻たる女(キム・ノヴァク)を追跡しているうちに、彼女を愛するようになる。ところが、彼女は教会の尖塔の上から転落して死んでしまう。彼女が死んだ理由は自分にもあるのではないか、と男は自責の念にかられる。というのも彼は異常な高所恐怖症があるために、教会の尖塔から飛び降りようとした彼女をとめることができなかったからだ。題名の「めまい」は、この高所恐怖症の症状なのである。

後段では意外なことが起る。死んだと思っていた彼女とそっくりな女があらわれる。男はその女に接近する。女は当初男を避けるふりをしていたが、そのうち男に打ち解けるようになる。男のほうは、死んだ女の代償をもとめる気持ちだったのだが、あることがきっかけで、実は死んだと思った女は生きていて、それが自分の目に前に現れたということに気づく。死んだのは、友人の本当の妻で、彼女はその替え玉だったのだ。彼女は、妻殺しのアリバイ工作の手段として利用されていたに過ぎないのだった。だがそれがわかったときはもう手遅れだった。彼女は自責の念にかられ、教会の尖塔の上から、身を投げて死んでしまうのだ。

この荒筋からもわかるだろうとおり、この映画は実に心憎いトリックを採用している。それが大げさでうるさい印象を与えないのは、ヒッチコックの手腕の賜物だろう。トリックのなかでもすごいと思うのは、女に幽霊が取り付いていると思わせるところだ。前段では、男が女を追っている過程でさまざまな不可解なことがらが起るのだが、それらはみな女にとりついた幽霊の仕業だということになっている。これは、男の目をくらますためのトリックなのだが、観客はとりあえずそんなことを知らないので、本当のことと思わされてしまう。後段でよく似た女が現れるのも、幽霊ではないかと思わされるほどだ。

ジェームズ・スチュワートは、「ロープ」以来ヒッチコック映画によく出ているが、ヒッチコックに気に入られたのだろう。この映画の中のスチュワートは、鬼気迫る演技振りで、「知りすぎていた男」とともに、彼の代表作といってよいと思う。キム・ノヴァクの演技ぶりもよい。ヒッチコックは当代の大物俳優を使いながら、彼らのよいところを引き出すことにたけていた。





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