壺齋散人の 映画探検
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鳥:アルフレッド・ヒッチコック



ヒッチコックは「サイコ」で、従来の正統派のミステリー・サスペンスからはみ出したホラー映画というべきものを作ったわけだが、それが新しさを感じさせたのは、狂った人間を主人公にした点にあった。狂った人間というのは、予測不可能な行動をする。そこが正常な人間にとっては不気味である。人間というものは、世界についての一定の了解の上に立って生きているわけだから、その了解が足場を失うと、不安に陥らざるを得ない。狂った人間ほどこの了解を破壊するものはないゆえ、彼らは人を不安にさせるわけである。その不安は無論、ホラーをもたらす。「サイコ」が映画として成功したのは、このホラーをもたらしたことにある。

行動の予測不可能性という点では、動物の常軌をはずれた行動は狂った人間の行動よりも不気味なところがある。普通動物というものは、それぞれに刷り込まれた本能にしたがって行動しているものと我々人間は思っており、その行動には一定のパターンがあるので我々にはそれが予測できると前提している。ところが何らかの原因で動物が常軌を逸脱して、我々の予想と全く異なった行動をとるようになると、それは狂った人間の行動にも劣らぬ不気味さを感じさせる。普通なら人間を襲うようなことはないカモメとか雀といった鳥類が、突然大集団をなして人間に襲い掛かる、というようなことはありえないことと我々は普段思っているわけだが、そうしたありえないことが現実化すると、我々は深刻なパニックに陥るに違いない。

ヒッチコックは、動物のそうしたありえないような異常な行動を描くことで、ホラー映画に新たな境地をもたらした。それが「鳥」という映画の歴史的な意義である。この映画は、鳥というものについて人間の抱いている常識を揺るがし、鳥が人間を攻撃することがいかに恐ろしいことであるか、理屈を超えて訴えかけてくる。

そんなわけでこの映画はアメリカでは大ヒットしたし、日本でもそれなりの評判をとった。しかしその受け取り方はアメリカと日本とでは大分違っていたように思える。アメリカ人はこれを純粋にホラー映画として楽しんだのに対して、日本人はある種の怪談として受け止めた。日本では昔から怪談の伝統があって、日本独特のホラー感覚が成立していたので、この映画のホラーも、それとの関連で受け止められた。だから、大方の日本人はこれをアメリカ版の怪談と受け止めたのではないか。

しかし怪談としてはあまり感心しない、そう多くの日本人は思ったのではないか。日本の怪談には、幽霊とかお化けとか怪物とかいろいろなパターンの異物が出てくるが、それらには化けて出てくるだけの必然性のようなものがある。たとえばお岩さんの場合には自分を殺した亭主への恨みが彼女を化けて出させるのであるし、一つ目小僧のような化け物の場合には、人間世界に対する彼ら異物の屈折した感情が働いているという具合だ。

ところがヒッチコックがこの映画で描いた鳥の場合には、これらが集団をなして人間を襲撃することに何らの理由も背景もない。彼らはあるとき突然大集団となって人間の上に襲い掛かってくるのだ。これはこれで十分に気持悪いものだが、なぜ鳥が人間に襲い掛かったか、その原因がまったくわからないだけに、我々人間はそれをどう受け取ったらよいのか、わからなくなる。つまり悩むにも悩みようがないのだ。鳥の襲撃はたしかに災難には違いないが、その災難がどのような意味を持っているのか全く見当がつかない。見当もつかない不条理な事態に、我々人間は耐えられるようにできていない。

それでもこの映画がアメリカ人に喜ばれたのは、アメリカ人が単純にできているからなのかもしれない。単純な人間なら、深刻な事態でも単純に受け止められるだろうし、鳥が自分を襲ってきたら、それを純粋なホラーとして、あたかもジェットコースターがもたらすホラーのように純粋な気持で消費できるかもしれない。

しかし日本人にとっては、どうもそうはならないだろうと思う。上田秋成とか鶴屋南北にこの映画を見せたら、多分駄作だといって軽蔑するだろう。自分たちを驚かせようと思うなら、もっと頭を使ってもらいたい。自分らはアメリカ人ほど単純ではないのだから、と彼らはきっとそういうに違いない。

とにかくこの映画は、映画としての筋書きらしいものもなく、唯ひたすら、カモメだとかカラスだとか雀だとかの鳥の大集団が人間を襲う場面を繰り返し繰り返し描いているだけなのだ。それもかなりえげつない描き方だ。牧場主の男は目玉をえぐりとられてしまうし、逃げ惑う子どもたちはやわらかい肉をついばまれてしまう。人間が鳥に食われるなんて、日本人にとっては洒落にもならない。

ともあれ、ヒッチコックの想像力はこの映画で沸点に達したらしく、これ以後は駄作ばかり作るようになった。





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