壺齋散人の 映画探検
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フレッド・ジンネマン「尼僧物語」:カトリックの欺瞞性への批判



フレッド・ジンネマンの1959年の映画「尼僧物語(The Nun's Story)」は、カトリックの修道女の尼僧としての生き方をテーマにした作品。尼僧としての生き方と人間としての生き方は果たして調和するものなのか、というような問題意識を感じさせる。主人公の修道女は、結局尼僧としての生き方より人間としての生き方を優先させるという結末になっているので、すくなくともジンネマンがカトリックの修道生活に疑問を持っていたことは間違いなさそうである。この映画は、ジンネマンのカトリック批判といってもよいほどだ。

舞台は1930年代のベルギー。オードリー・ヘップバーン演じ若い女性が、世俗のしがらみを断ち切って修道院に入り、生涯を信仰に捧げることを決意する。しかし、彼女には合理主義的な思考が身についていて、修道院における非合理な慣習になかなかなじめない。しかも修道院での決まり事には、強い者にとって都合がよく、弱い者がそれに忍従を強いられるような欺瞞性もある。そうしたものに主人公は何とか自分を合わせようとするのだが、あまりにも不合理なことがらにはどうしても納得することができないこともある。

そんな彼女の最大の望みは、コンゴで医療活動に従事したいということだった。当時コンゴはベルギーの植民地で、白人が現地人を支配していた。その白人社会の一員になって現地人に望むわけだから、ほとんどの白人は妙な優越感にひたるものだが、彼女にはそうした傲慢さはなく、対等の人間として接する。そこで現地人からも慕われる。だが、そう長くはいられず、ベルギーに戻るよう命令される。第一次大戦の直前であり、戦争の影が押し迫っている時期だった。

戦争が勃発するとベルギーはナチスドイツに攻撃され、彼女の父親も路上で射殺される。愛する父親を殺された彼女は、俄然人間的な怒りにめざめる。修道院では、敵を憎むことなかれと教えるのだが、それは人間的な感情とは思えない。それより彼女は、自分なりに祖国のために役立ちたいと思うのだ。そこで周囲の説得を退けて修道院を去り、戦争に沸き立つ世間へと身を投げる、というような内容。

修道院での宗教的な生き方が最大の見どころだが、それと並んで、コンゴでのベルギー人社会のあり方も見どころになっている。ごく単純化すると、コンゴの現地人は、無知蒙昧な野蛮人として描かれ、それを白人が教導するというきわめて白人中心主義的な視線を感じさせる。現地人を教導する究極的な方法は、かれらをキリスト教徒に改宗させることだ。しかしそのキリスト教を、たとえカトリックであっても、この映画は批判的に描いているわけだから、キリスト教によって野蛮人を教導するというのは、いかにもご都合主義的な考えと言わざるを得ない。

というわけでこの映画は、ベルギー人の宗教生活の欺瞞性のようなものを批判したものということができよう。




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