壺齋散人の 映画探検
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暖流:吉村公三郎のメロドラマ



吉村公三郎はもっぱらメロドラマを作り続けた。メロドラマと言えば一段低く見られがちで、大衆受けをねらった通俗作品だと言われることが多い。そんなこともあって、メロドラマの作り手であった吉村公三郎は、あまり高く評価されていない。しかし、それは今の時点でのメロドラマについての評価を、過去に遡って適用した結果で、あまりフェアなことだとはいえない。少なくとも吉村が作った作品は、メロドラマだとはいえ、それまでの日本の映画にはなかったタイプの作品だったわけで、そういう意味では、多少の歴史的な意義を認めてやらねばならぬと思う。

「暖流」は、吉村の戦前のメロドラマを代表する作品だ。男女の変則的な三角関係を描いたもので、今見ると多少の古さを感じてしまうが、これが公開されたときには、人々はそれに新鮮さを感じて、大いに話題になったと言われる。しかも、この映画が公開された1939年は、日本が軍国主義一色に染まっていた時代で、なにからなにまで戦争の色に染まっていた。そんな時代に男女の恋愛をめぐるメロドラマを作ったわけだから、作り手としては多少の冒険でもあったわけだ。だが、この映画はたいした目くじらを立てられることもなく、大衆の喝采を浴びた。大衆はこの映画に、時代の息苦しさを相殺する解毒剤のような効果を認めたのだろうと思う。

経営がうまくいっていない東京のある大病院を立て直すために、佐分利信演じるクールな雰囲気の男が乗り込んでくる。佐分利は、院長からじきじきに病院の立て直しと、これも傾いている家産の整理を依頼されている。家産の整理のほうは淡々と進めるほかはないが、病院の立て直しは容易ではない。医師の中に増長や反目が蔓延しているからだ。佐分利は、ある看護婦(水戸光子)を手なづけて病院内の人間関係を把握し、その情報をもとに改革を進めようとする。そんな佐分利を、水戸は愛するようになる。

一方、佐分利のほうは院長の娘(高峰三枝子)を愛している。その高峰には親の勧める許婚がいる。病院の若手医師だ。この医師は打算的な男で、他の看護婦と恋仲であったにもかかわらず、高峰との関係を優先して、その看護婦を捨ててしまうのだ。

これでだいたいメロドラマの舞台設定が整う。高峰が欲しい佐分利は、許婚の男が看護婦を捨てて彼女と結婚しようとしていると高峰に告げ口する。誇り高い高峰はその許婚との婚約を解消する。そこに佐分利がつけこむかたちで、結婚を申し込む。もともと佐分利を愛していた高峰は、内心はうれしいのだが、ここでそれを受け入れれば、自分が安っぽく見られるのを嫌い、返事を先延ばしにする。

そのうちに、水戸が佐分利を深く愛していることを知った高峰は、どういうわけか女の義侠心を発揮して、水戸と佐分利を一緒にしてやろうとする。佐分利は、別に水戸を愛していたわけではなく、あくまでも高峰と結婚したかったのだが、その高峰から水戸と結婚するように強くすすめられ大いに動揺する。しかし、水戸と二人だけで話をしているうちに、彼女の強い愛にほだされて、水戸との結婚を決意するのである。

こういうわけで、もともと愛し合っていた佐分利と高峰は結ばれること無く終わる。そこが、この映画のメロドラマたる所以だが、普通のメロドラマとは大分趣を異にしていると言わねばなるまい。そこで変則の三角関係と言ったわけである。

日本のメロドラマでは、女は受身で、不幸を一心に受けるものとして描かれるのが普通である。ところがこの映画では、高峰演じる誇り高い女性は、自分の意思で行動している。運命を甘受して押しつぶされるのではなく、自分で自分の運命を切り開くというか、それを呼び寄せている主体的な存在である。こういうタイプの女性は、それまでの日本映画には登場したことがなかった。彼女にもし日本の女らしさがあるとすれば、それは、鎌倉の海岸で佐分利と二人きりになったときに、佐分利から水戸と結婚する意志を知らされて、自分がそう段取りした結果にもかかわらず、心に打撃をうけて動揺するところだろう。それでも泣き崩れたりしないところが、新しい女を感じさせる。

その高峰は、日本の当時の上流社会の令嬢を演じているのだが、親子関係といい、言葉遣いといい、普通の観客には珍しく映ったに違いない。高峰は、父親はともかく母親にまで、改まった接し方をするし、言葉遣いもやけに丁寧だ。佐分利に向かって、「ごめんあそばせ、わたくし、あなたのことがわかっておりませんの」と言ったり、他の人間に向かって自分自身のことを、「わたくし」という人称詞ではなく自分の名前で言及したり、まるで幼児の言葉遣いを思わせるところもある。これは、吉村の趣味から出たことなのか、それとも岸田国士の原作とおりなのか。

舞台となった病院は御茶ノ水にあるようだ。ニコライ堂の映像が何度も出てくる。このあたりでは今でも大きな病院がいくつかある。





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