壺齋散人の 映画探検
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悪魔の美しさ(La Beauté du diable):ルネ・クレールの映画



ルネ・クレール(René Clair)は、ナチス占領下のフランスを避けてアメリカに亡命したが、第二次大戦が終了するとフランスへ戻り、映画作りを再開した。「悪魔の美しさ(La Beauté du diable)」は、「沈黙は金」につづき、戦後二作目の映画である。

この映画は、有名なファウスト伝説を踏まえている。ファウスト伝説を取り上げたものとしては、ゲーテの「ファウスト」とマーローの「フォースタス博士」が有名だが、クレールはクレールなりの解釈を加えて、独自のファウスト像を作り上げた。

ファウスト伝説の骨格は次のようなものである。老学者ファウストの前に悪魔ルシフェルの使者メフィストフェレスが現れ、死後魂を悪魔に譲り渡すことと引き換えに若さを与えようと誘惑する。誘惑に屈したファウストは、契約書にサインして一気に若返る。そして、恋愛遍歴を始めとしたさまざまなアヴァンチュールの末に死期を迎えるというものだ。ゲーテの場合には、ファウストは死後、天国で恋人のグレートヘンと再会し、マーローの場合には、地獄へ落ちて行くという具合になっている。

映画では、ファウストの当初の姿をミシェル・シモン(Michel Simon)が、メフィストテレスをジェラール・フィリップ(Gérard Philipe)が演じる。ところが、ファウストが若返ると、その若返った姿をジェラール・フィリップが演じるようになり、メフィストフェレスは老いたファウストたるミシェル・シモンの姿に乗り移ることとなる。

かくしてファウストは、手始めにサルタンバンクの一行にいたマルグリット(ニコール・べナール Nicole Besnard)という娘と恋仲になる。これは、ゲーテのファウストにおけるグレートヘンに相当する女性だろう(マルグリットは、グレートヘン=マルガレーテのフランス語での呼び名)。また、ゲーテのファウストもマーローのファウストも、ギリシャ神話に出てくる美女ヘレナを誘惑するということになっているが、映画でヘレナに相当するのは王妃である。もっとも、映画の中のファウストは、王妃を誘惑して大騒ぎを引き起こす、という風にはなっていない。

ファウストの引き起こす騒ぎの中でもっとも大規模なものは、錬金術を駆使して国中に金貨をばらまくことである。金貨をばらまかれて豊かになった国民は、ファウストを崇め奉る。ファウストといっても、いまは若返り、名もアンリとかえた若者としてである。そんなアンリを、国王も信頼する。

アンリは、王妃をわがものにできる可能性が強まったところで、それがどのように展開していくのか、あらかじめ知りたい、つまり自分の未来を見たい、と言い出す。そこで、メフィストフェレスは不承不承その未来を見せてやる。ところがその未来は、ファウストの気に入らないものだった。だが、運命に身を任せていれば、その通りに進んでいくに違いない。そこで若きファウストは、意識して自分の未来から逃れようとする。果してそんなことが可能なのか。

可能だったのだ、というのがこの映画の最終的なメッセージなのだ。ファウストは、定められた自分の未来から逃れられたばかりか、悪魔と交わした契約からも解放されるのである。

早回りはこれくらいにして、本筋に戻ろう。ファウストは、王妃との関係を断ち切り、そのかわりにサルタンバンクの娘マルグリットとの関係を深める。すると、そのマルグリットまで、メフィストフェレスは誘惑しようとする。だがマルグリットはいうことを聞かない。

そうこうしているうちに、錬金術の効果が切れて、国中の金貨が砂に戻ってしまう。呆然とした民衆は、これを魔法の仕業だとして、まずは若きファウストを追求しようとする。次に、マルグリットが魔女だということになり、彼女も危険な目に会う。そんなどたばた騒ぎの最中、メフィストフェレスは、ファウストとの間に交わした契約書を手放してしまい、それを怒った民衆に読まれてしまう。こうなると、民衆の攻撃の対象がメフィストフェレスに集中されるということになる。追い詰められたメフィストフェレスは、「人間のほうが地獄より冷酷だ」と叫びながら、死んでいくのである。

メフィストフェレスが消えた後、ファウストがどうなったか。それについては、映画は触れていない。それは、観客の御想像にお任せします、というつもりなのだろう。

メフィストフェレスと若きファウストを演じたジェラール・フィリップは、すでに「肉体の悪魔」などで人気俳優になっていたが、この映画によって、大スターとしての地位を築いた。クレールは、この後の作品で、立て続けに彼を起用している。

なお、この映画には、初期のクレール映画の常連だったレモン・コルディ(Raymond Cordy)が、ファウストの執事役として出てくる。ガストン・モド(Gaston Modot)も、サルタンバンクの一員として出てくる。サルタンバンクというのは、ジプシー(ロマ人)の旅芸人のことだ。





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