壺齋散人の 映画探検
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死刑台のエレベーター(Ascenseur pour l'échafaud):ルイ・マル



1958年のフランス映画「死刑台のエレベーター(Ascenseur pour l'échafaud)」は、ドジな殺人犯たちの物語。普通、犯罪映画といえば、主人公の犯人は多かれ少なかれかっこよく描かれるものだが、この映画に出てくる犯罪者たちにはまったくいいところがない。かっこ悪いというより、頭が悪いと感じさせる。犯罪映画の主人公としては最低のタイプである。にもかかわらず、映画自体は結構評判になり、なかにはクールで見所のある映画だなどという批評もあった。筆者が今の視点からこの映画を見て、何がこの映画の取柄かと考えたとき、真っ先に音楽のすばらしさに思い当たった。この映画には、当時売り出し中のマイルス・デーヴィスが参加していて、全編にわたってしびれるようなジャズをフィーチャーしているのだ。この音楽がなければ、この映画はただのB級映画に終わっていただろう。

ジャンヌ・モロー演じる富豪の夫人が、モーリス・ロメ演じる愛人と語らって夫を殺すというのが、この映画の基本プロットだ。夫はフランス政府も一目置くような実業家、ロメはその腕利きの秘書で、元軍人ということになっている。ロメは富豪の信任が厚いことを利用して、富豪の間近に近づいたうえ、富豪自身の銃で富豪の頭を打ち抜き、自殺を装う。ここまでは完璧に行ったので、よほどのことがなければ完全犯罪が成立するところだが、思いがけないことが起って、ロメは殺人現場のビルのエレベーターの中に閉じ込められる。

ロメがエレベーターに閉じ込められている間に、チンピラがロメの車を盗み、女と一緒に走り回る。その挙句、モーテルでドイツ人夫婦を撃ち殺してしまう。銃はロメのものである。一方、夫殺害のあとでロメとデートする約束だった夫人は、いつまでたってもロメが現れないので、どうしたのだろうと不安になる。そして夜のパリの街をロメの消息を求めて歩き回るうち、売春容疑で警察に連れて行かれたりする。

エレベーターに閉じ込められたロメは、何とか脱出しようとするが、とうとう脱出できないまま、次の朝(日曜日)を迎える。その彼を待っていたのは、ドイツ人夫婦が自分の名を名乗る人物に殺されたというニュースであった。犯人はロメの車でモーテルへ行き、ロメの拳銃でドイツ人を殺しているから、状況証拠としては申し分ない。

こうしてロメは、ほかならぬドイツ人夫婦殺害の嫌疑をうける。それを知ったモローは、なんとかロメの嫌疑をはらそうと、彼女なりに頑張る。その結果、ドイツ人殺害の犯人はロメではなくチンピラだと証明できたが、ロメはかえって夫殺害の嫌疑をかけられてしまう。モーテルにチンピラが残していたフィルムを現像したところ、ドイツ人とチンピラが一緒に映っている写真とともに、ロメとモローとの逢引きを映した写真が大量に出てきたのだ。そのことから警察(リノ・ヴァンチュラが刑事を演じている)が、二人が共謀して実業家を殺したと気付いたのだ。

この映画は、大部分が、エレベーターの中に閉じ込められたロメがあせるところと、そのロメを求めてパリの夜の街をさまようモローを映し出すことに費やされている。その割に、この二人の恋人は、現像された写真の中以外では、一緒にいることがないのだ。一方、チンピラのドイツ人殺しは付け足しのような扱いで、映画の進行にはあまり必然的なかかわりがない。あるとすれば、実業家殺害の罪とドイツ人殺害の罪とでは、当時のフランスでは、罪の重さに雲泥の差があったということが、明らかにされることである。ドイツ人殺害の場合には間違いなく死刑になるが、フランス人を殺したくらいではせいぜい10年の懲役で住む、そう刑事役のヴァンチュラがモローに向かって言うのだが、そのせりふを言わせるために、わざわざチンピラによるドイツ人殺害を仕組んだともいえるのではないか。

この映画は、つまらない割にけっこうクールな印象を与える。その印象の大部分はジャンヌ・モローの倦怠感ある表情に由来しているのだと思う。そのクールな雰囲気がマイルス・デーヴィスのトランペットに乗って、観客の感性に迫ってくる。そんなわけでこの映画は、感性にこだわった映画だといえよう。

監督のルイ・マルは、いわゆるヌーヴェル・ヴァーグとは一線を画した作品作りを心がけたが、批評家のなかには彼をヌーヴェル・ヴァーグの走りだと評価するものもいる。だがその評価に値するようなマルの作品は、この映画をおいてないといえる。

なお、エレベーターのなかで脱出を模索するロメの姿には、元軍人らしいところも感じられる。アメリカ映画なら、元軍人ならこれくらいの逆境は難なく乗り越えてゆくように描かれるはずだが、フランス人であるこの元軍人にはそこまでの力量はない。やはりフランスは、アメリカほど軍人を賛美していない、ということが伝わってくる。





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