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迷走迷路(Saboteur):アルフレッド・ヒッチコック



アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)の映画「迷走迷路」の原題「Saboteur」は、破壊工作員という意味である。この映画はこの原題の通り、一人の工場労働者が破壊工作組織の活動に巻き込まれて警察に追われることになり、その嫌疑を晴らそうとして破壊工作組織を追求する過程を描いたものである。その破壊工作組織と言うのは、アメリカに存在する全体主義的な組織ということになっており、そのリーダーは、アメリカをドイツのような全体主義国家に作り直したいと思っている。彼らの破壊活動は、その一つの手段なのだ。こういうストーリーは、この映画が作られた1942年という時代背景を思い出すと判りやすい。この映画のなかでは、主人公はアメリカ的な価値の体現者として、破壊工作組織はナチスのような全体主義的勢力として描かれているわけである。

主人公バリー・ケイン(ロバート・カミングス Robert Cummings)は、カリフォルニア州の軍需工場に勤めていたが、その工場の火災事件の犯人としての容疑をかけられる。ガソリンの入った消火器を友人にわたし、それでボヤを消そうとしてかえって火災を拡大させたという容疑だ。バリーは、その消火器を別の男から手渡されたのだが、そんな男は工場にはいないということがわかった。破壊工作員の一人だったのである。

その男の名はフライといった。バリーはふとしたことで、彼宛の手紙を見ていた。それに彼の名前と住所が書いてあったのを思いだしたのだった。そこでバリーは、宛名にあったディープ・スプリング牧場を訪ねた。ところが、そこの主人のトビンはそんな男は知らないととぼける。このトビンこそ、破壊工作組織のリーダーなのだ。

トビンが席を外している間に孫娘が偶然持ち出した書類の中にフライからの手紙が含まれていて、そこにはソーダ・シティに向かうと書いてあった。そこでバリーは、牧場を辞してソーダ・シティに向おうとするが、トビンの連絡を受けた警察に逮捕されてしまう。しかしバリーは、手錠をかけられたまま警察の車から逃走し、ある一軒家に身を寄せる。そこには盲目の紳士が暮らしていて、バリーを暖かく迎えてくれる。

紳士の家に姪のパット(プリシラ・レイン Priscilla Lane)が訪ねてくる。彼女はバリーの手錠を見て不信を抱き、警察に突き出そうとするが、バリーの機転でそうはいかない。そのうちに、バリーの人柄を信頼するようになっていく。

サーカスの連中に匿われたりしながら警察の追及をかわした二人は、ついにソーダ・シティまでやってくる。そこは一見ゴーストタウンのように見えたが、とある小屋の中で、バリーは破壊工作員たちと接触する。自分も破壊工作組織の一員だといって相手を騙したバリーは、彼らとともにニューヨークへとやってくる。ここが、破壊工作組織の破壊工作の大舞台となるのだ。

ニューヨークへはトビンら破壊工作員たちが集まってくる。その輪の中に入り込んだバリーとパットは何度も危ない目に会うが、彼らがブルックリンの軍需工場を爆破しようと計画しているのを知り、なんとかそれを阻止しようとする。トビンらの手を逃れたバリーは、急ぎブルックリンに向い、軍需工場のスタッフに爆破の陰謀を伝えようとするが、なかなか信用してもらえない。そうするうちにも爆破の時限が迫ってくる。バリーは、オペレーティングルームに駆け込み、そこで爆破の準備をしている男に飛びかかる。その男とは、それまでバリーが追い求めていたあのフライだったのだ。

結局フライは爆破装置を起動させ、そのことで進水式に臨んでいた軍艦は座礁してしまう。フライはバリーの追及から逃れ続ける。バリーはなんとかフライを捕まえようと必死になる。

最後は、自由の女神像を舞台にして、バリーとフライがさしで向かい合う場面だ。フライが女神像のある島に向かう船に乗り込むところを見たパットが、彼の後をつけて像の中まで入り込み、そこからFBIやバリーへ電話で知らせたのだ。かけつけたバリーは、フライを追い詰めて、女神像のてっぺんまで上る。そこは、高く差し上げた右手の先端で、その手には松明が握られている。その松明の根元の部分が展望台のようになっていて、フライはそこに逃げ込んだのだ。バリーとフライが揉みあっているうちに、バリーは展望台から滑落して女神の右手の親指と人差し指との間にひっかかる。かろうじて引っかかっているが、力を緩めると一気に転落するだろう。バリーはフライの背広の袖をつかんでなんとか引っ張りあげて遣ろうとするが、その袖がちぎれたためにフライは転落してしまうのだ。

この自由の女神における二人のやり取りが、この映画最大の見どころだ。自由の女神の手にしがみつきながら必死の表情でバリーの方を見上げるフライの顔が、あのプーチンによく似ているのが面白い。そういえばプーチンも、もともとはスパイだったわけだ。スパイと破壊工作員は同じようなものだ。

この映画には、他にも見どころがいくつかある。バリーが手錠を車の動力で切断する場面、サーカスの団員たちとのやり取り、ホテルの上階に監禁されたパットが救助を求めるために、メッセージを書いた紙を窓から飛ばす場面など、観客をはらはらとさせる工夫に満ちている。それでこそサスペンス映画の手本といえる。

なお、この映画は、バリーが心ならずも破壊工作の片棒を担がされることから始まるが、この手のストーリーは「巻き込まれサスペンス」というそうだ。「三十九夜」も、その一例で、よくできていたが、この映画の場合には完成度がずっと高いといえよう。





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