壺齋散人の 映画探検
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柳町光男「さらば愛しき大地」 鹿島臨海工業地帯に生きる



柳町光男の1982年の映画「さらば愛しき大地」は、世の中とうまく折り合いをつけられない男が、麻薬にのめりこんで破滅するというような内容の作品。柳町はこれ以前に「十九歳の地図」という非常に暗いイメージの映画を作っているが、これはそれ以上に暗い映画である。その暗さのために配給してくれる会社が見つからず、一度は自主上映をしたほどだ。

茨城県の鹿島臨海工業地帯が舞台である。そんなわけで、登場する人間はみな茨城なまりでしゃべっている。主演の根津甚八も、秋吉久美子も器用に茨城なまりを操っている。監督の柳町は茨城出身だというから、かれなりのこだわりで俳優たちに茨城なまりを要求したのであろう。

鹿島臨海工業地帯一帯は、非常に景気の良い時期が続き、地元の人はそのおかげで俄成金になるものが多かったと聞く。土地を持っていたものは、高値で売ることができたし、土地を持たない者もそれなりに高給の仕事にありつくことができた。しかしこの映画の中では、この辺も景気が悪いことになっていて、ダンプの運転手である主人公(根津甚八)も楽な生活はできない。

映画はその根津を中心に展開する。かれは世の中に意趣を抱いており、性格もねじ曲がっている。それは両親が弟をかわいがるあまり、自分をないがしろにしたらだと思い込み、その思い込みを周囲にぶちまけている。そんな男でも、二人いる子供たちはかわいがっている。ところがその子供たちが、水の事故で死ぬと、かれは生きがいを失い、人生が狂いだす。

根津は、子供が死んだのは母親の責任だといって、妻を責める。その挙句に、ほかの女(秋吉)と同棲し、子供まで産ませる。それを妻は忍従する。ずいぶん身勝手なことだが、本人には自責の気持ちはない。かれは仕事柄からも、覚せい剤に頼るようになる。すると次第に幻覚症状があらわれて、ただでさえ被害妄想ぎみなのに、次第にひどい妄想を抱くようになる。その挙句に、秋吉に被害妄想を抱き、その背中を包丁で突き刺すのである。秋吉が死んだかどうかは明らかにされない。ただ、噂話として、八年くらいの刑を暗いだろうといいアナウンスが流れる。八年としたら、殺人ではなく傷害事件として扱われた可能性がある。

そんな具合なので、この映画は麻薬の恐ろしさを警告する意味合いも持たされているようである。全体が暗いにかかわらず、海外で評判がよかったのは、麻薬の恐ろしさをテーマにした社会的な意識を評価されたためかもしれない。

なお、夫に見捨てられた妻が、ほかの男に肌を許す場面が出てくる。長い間ご無沙汰で性欲が異様に亢進していたのであろう。その気持ちはわからぬでもない。妻もそうだが、秋吉演じる愛人も悲惨な境遇だ。彼女はその悲惨さの中で、愛人から包丁を振るわれるのである。




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