壺齋散人の 映画探検
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米:今井正



今井正の1957年の映画「米」は、霞ヶ浦地方の貧農の暮らしぶりをテーマにしている点で、内田吐夢の戦前の作品「土」と似ている。実際今井は「土」を意識してこの映画を作ったようである。しかし、「土」の場合には、同時代の小作農の生活の実態が描かれていたのに対して、今井がこの映画を作った時代には、「土」で描かれたような小作農は、すでに存在しなかったはずだ。それ故、この映画は当時の農村の実像とはかなりずれたところがあると思うのだが、今井自身はそのことにあまり頓着している様子がない。あたかも戦後十年以上たった日本においても、小作農と呼ばれる貧農層が最低限の生活を強いられているといったイメージを持ち続けていたようである。

小作農は、戦後には制度としては存在しなかったかも知れぬが、実態としてはそれに近い境遇の農民は存在した、と言われると、その辺の事情に詳しくない筆者などにはなんともいえないのだが、それにしても農地改革の波は霞ヶ浦地帯の農村にも押し寄せ、「土」が描いたような小作農は、基本的には自作農になっていたはずである。といっても貧しい農民層が解消されたわけではないのかも知れぬ。今井はそうした貧農の存在を前提として、彼らの貧しい暮らしぶりを、この映画の中で描いたというわけなのだろう。

霞ヶ浦は内水漁業の盛んなところであるから、この映画の中の貧しい農民は、米だけでは食えず、漁もしている。望月優子演じる小作農もそうした一人だ。彼女は農作業の傍ら、娘とともに霞ヶ浦でワカサギをとって生活の足しにしている。それでも生活は楽ではない。そこへ持ってきて、地主から田を返すよう迫られている。田を取られたら、それこそ生きていくことができなくなる。田さえあれば、少なくとも飢えずにいることが出来る。そんなかつがつの境遇に生きている農民が今でもいるのだ、というメッセージがこの映画からは強く伝わってくるのだが、その伝わり方は、観客がどの程度、農村の状況を捉えていたかによるだろう。

漁業を専門にやっているのは、農家の次男坊、三男坊だ。彼らは親から田を分けてもらえぬので、猟師となってわかさぎをとるしか道が無い。ワカサギ漁は一年中できるわけではないから、半年漁をして、その上りで一年を暮らさねばならない。田を耕しても魚を取っても、百姓たちの暮らしは楽ではない、といった様子が強く伝わってくる。

こういうような設定で、この映画は農民たちの一年を淡々と描いてゆく。春の田植え祭りを合図に農作業が始まり、夏の間は副業としてのワカサギ漁を行い、秋になると取入れをする。その頃には、貧しい農民の家では米びつが空になるので、稲の色が黄色くなる前に、当面食う分だけ青刈りをすることもある。

霞ヶ浦地方は、古くから夜這いで知られているところなので、夜這いのシーンも出てくる。若い連中が船に乗って隣村へ出向き、若い女のいる家を覗きにいくのだ。江原真二郎演じる若者もその一人として、望月優子の家で娘(中村雅子)を見初める。これが機縁で二人は愛し合うようになり、この二人の愛が映画に彩をそえる。これがなかったら、この映画はかなり堅苦しいものになっただろう。

だが世の中はそう甘くは無い。若者は仲間と船を出した晩に嵐に巻き込まれてひどい目にあうし、娘の母親は前途をはかなんで入水自殺してしまう。映画のラストシーンは、死んだ母親の葬式の場面なのだ。その葬式の終わったあとに何があるのか、画面からは伝わってこない。絶望しかないではないか、といわんばかりに、観客はそこで放り出されてしまうのである。

望月優子が絶望する原因として、刺し網漁をしていたところを摘発されるという出来事が起きる。霞ヶ浦では刺し網が禁止されているという設定なのだが、どんなわけでそうなのか、漁法に詳しくない筆者にはよくわからない。ただ画面からは、刺し網は単純な仕掛けで、大げさに禁止を叫ぶようなものではないという印象が伝わってくる。

刺し網に比べてずっと大掛かりな網が使われている。一本マストの船を動かしながら、網を流してワカサギを掬い取る。マストには幌のような独特の形状をした帆が膨らみ、これがいくつか集まると、なんともいえない美観を呈する。しかしこの船は風には弱く、多少の風でも横倒しになってしまう。実際映画の中では、江原らの乗った船が風を受けて転倒し、相棒の木村功がおぼれて死んでしまうのだ。霞ヶ浦というのは、人間が死ぬような厳しい自然条件とも思えぬが、実際にはこんなことがあるのかもしれない。

木村功は「山びこ学校」の中で流暢な山形弁をしゃべっていたが、この映画の中でも茨城弁を流暢に話している。もっともちょっと聞いただけでは、彼の山形弁と茨城弁とは全く異ならないように聞こえるのではあるが。





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