壺齋散人の 映画探検
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小さいおうち:山田洋次



山田洋次の2014年の作品「小さいおうち」は、戦時中の日本人の生活の一端をテーマにしたものである。山田は、2008年にも戦時中をテーマにした「母べえ」を作っている。山田のほか降旗康男が2013年に、やはり戦時中の庶民の生活を描いた「少年H」を作っており、年配の映画作家たちが、戦争の意味を問いかける試みだと感じさせる。近年になって、日本人から次第に戦争の記憶が希薄になり、それに乗じる形で好戦的な雰囲気が広がっていることへの懸念が働いているのだろう。

「母べえ」では、軍国主義全盛の時代に、時代の風潮に批判的な姿勢を示した一学者が、官憲によって弾圧されて獄死し、残された家族が苦しい生活を強いられるところが描かれていた。そのことで山田は、戦時体制の暴力的な面を強調していたわけだが、この「小さいおうち」では、中産階級の一家が、戦争によって押しつぶされてゆくさまが描かれている。その過程で、一家の主婦と若い男との淡い恋が進行する。結局若者は前線に招集され、主婦のほうは空襲で死んでしまうことで、この道ならぬ恋は終わりを告げるという形をとる。そうしたプロセス全体が、この一家に女中として住み込んでいる一人の若い女の視点から描かれる、それも同時進行の形ではなく、今は年老いた嘗ての女中の回想という形で進んでゆくのである。

この映画のポイントの一つは、中産階級の家に住み込んでいる女中の存在だろう。今では、女中(お手伝いさん)を雇うような家は相当の資産家だ。ところが戦前は、資産家ではなく普通の家でも、女中を雇うものが多かった。女中の人件費は安く、食事をさせて多少の小遣いを与えておればよかった。そんな待遇でも女中のなり手が絶えなかったのは、農村の貧困が背景にある。この映画に出てくる女中は、山形の内陸部の雪深いところの農村の娘で、年頃になって、口減らしのような形で女中奉公に出されたということになっている。

女中たちは、主人との間で厳しい主従関係におかれ、抑圧されたばかりか性的な関係を迫られることも少なくなかった(それを"てかけ"とか"お手つき"とかいった)。しかしこの映画の中の女中は、主人の家族から一応人間的な扱いを受けている。女中は主人の前では絶対恭順の態度を示すが、当時の格差社会にあっては、身分差による支配服従関係は当たり前のことだった。

この女中(黒木舞)のために主人が縁談を世話する場面が出てくる。当時は、主人と女中との関係は単なるビジネスではなく、身分的な支配従属関係だったので、主人が女中の生活に深く介入し、女中を嫁に行かせてやることもよくあった。だからこの主人は、女中への義理を果たすために縁談を世話してやったわけだ。ところがその相手というのが、五十過ぎの老人で、孫もおり、しかもえげつない感じの男だった。女中は主人から世話してもらった手前もあり、断りきれないのだが、こんな年寄りと結婚するのが哀しくて涙を流して泣くのだ。そんな彼女に同情した主婦が、この縁談を断ってくれた。そんなこともあってこの女中は、主人の奥様に大きな信頼を寄せる。

その主婦(松たか子)が、夫の会社の若い社員と恋に陥る。この社員(吉岡秀隆)は弘前の出身ということもあり、同じ東北出身の女中は親近感を覚える。だが男を主人の奥様が愛しているので、自分は遠慮しなければならない。それが切ない。その切ない気分がよく伝わってくる。

主婦の男への愛は、男が招集されることで頂点に達する。いよいよ入営する段になって、これが永遠の別れになるかも知れぬと覚った主婦は、男の下宿に出かけてゆこうと決心する。ところがその企てを女中が制止する。男の下宿には多くの目があって、そこに今訪ねて行くのは危険だから。そう言って女中はこの家で会うようにと勧める。そこで会いたい旨の手紙を主婦に書かせると、それを持って男の下宿に向かうのだが、男は結局やってこなかった。男と最後の逢瀬を果たせなかった主婦は、心が落ち込んでもぬけの殻のようになる。一方戦局の悪化が進んで、庶民が女中を抱えるのは贅沢だと糾弾されるようになる。こうして女中は暇を出されて故郷の山形に帰り、そこで終戦を迎える。戦後、主人の家であるあの「小さいおうち」を訪ねた女中は、五月二十五日の山手空襲で家が焼かれ、主人夫婦はその際に焼死したと聞かされる。

こんなつらい思い出を、年老いた女中(倍賞千恵子)が回想記という形で書き残した、というのがこの映画の基本プロットである。年老いた女中を演じた倍賞千恵子が、実にしんみりとさせられるような雰囲気を醸しだしていた。「サンダカン八番娼館」の年老いた元娼婦は、自分の半生を若いジャーナリストに向かって語り聞かせたわけだが、この映画の中の倍賞千恵子は、親戚の若い男に励まされて回想記という形で書き残した、ということになっている。

一方若い時代の女中を演じた黒木舞は、封建色の強い時代に生きた貧しい女性像を彷彿と感じさせる。彼女は一応主人たちから大事に扱われているが、そのことで増長したりはしない。自分の身分をわきまえて、主人の前では絶対服従の姿勢をとり、主人にしかられるとおろおろと泣く。こんな女性像は、今では過去の幻となってしまったが、それはそれで日本の女性にとっては社会の進化を物語っているのだと思う。

このほか、橋爪功、吉行和子、妻夫木聡など、「東京家族」で出てきた人々が顔を揃えている。彼らの好演もあって、ほんのりとした気分にさせられたり、いろいろと考えさせられたり、なかなかいい映画だと思う。





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