壺齋散人の 映画探検
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黒木和雄の映画:作品の解説と批評


黒木和雄は、日本の近現代史を独自の視点から描いた。決して大袈裟なプロパガンダ性は感じさせないが、抑制されたなかに、歴史の問題点を的確に指摘し、見る者をして考えさせるようなところがある。もともとは、PR用の映画を作っていたが、その中にも社会的な関心を盛り込もうとして、依頼主から嫌われ、PR映画に限界を感じて、劇映画に転身したという経緯がある。それでも、劇映画処女作の「とべない沈黙」は、あまりに前衛的だとの理由で、ATGでの配給を余儀なくされた。

黒木和雄の出世作は、1974年の「竜馬暗殺」。これは坂本龍馬の暗殺を、黒木なりの視点から解釈して映像化したものだ。龍馬の暗殺については、いまだにその全貌がわかっておらず、犯人も特定できていないが、黒木は薩摩藩による暗殺だったと解釈し、その解釈を映画の中で展開して見せた。翌年の「祭の準備」は、坂本の出身地である土佐の現代を舞台に、青春群像を描いたもの。前作で龍馬を演じた原田芳雄が、ここでは無頼漢として登場し、独特の存在感を示した。以後原田芳雄は、黒木映画の常連になっていく。

1978年の「原子力戦争」は、原発での巨大事故をテーマにしたもの。映画のなかでは、深刻な事故の様子はイメージとしてはあらわれないが、原発事故のもたらす巨大な影響が、不気味さをともなって迫ってくるように描かれている。後の福島第一原発の事故を予見したようなところがあり、映画の舞台にも福島第一原発が選ばれている。もっとも、背景としての映像が使われているだけで、原発施設の内部には入れてもらえなかったようだが。

1988年尾の「TOMORROW」は、長崎への原爆投下をテーマにしたもので、一発の原発が夥しい人々の明日を奪った、そのことの意義について考えさせる作品だ。1990年の「浪人街」は、戦前のマキノ雅弘の同名の映画のリメークで、牧野へのオマージュとなっている。内容的には、肩の凝らない娯楽映画と言ってよい。この映画以降、黒木和雄は一時的にスランプ状態になり、まともに映画が作れない状態が続いたが、2004年に「美しい夏キリシマ」で復活した。これは敗戦前後の鹿児島の田舎町での人々の様子をテーマにしたもので、迫りくる鬼畜米英と対決すべく、庶民が竹槍訓練するところが、半ば滑稽に、半ば真剣に描かれている。

同年に黒木和雄は「父と暮せば」も作った。これは広島で被爆して生死を分けた父娘の対話を描いたものだが、目前で父親を見殺しにしたことに罪悪感を持っている娘に、父が幽霊となって現われ、娘を慰めるというものだ。初老になった原田芳雄が父親を演じ、成熟した宮沢りえが娘を演じたこの映画は、なかなか味のある作品である。

2006年の「紙屋悦子の青春」は、鹿児島の知覧あたりを舞台に、特攻兵たちの運命を描いたもの。この映画が黒木和雄の遺作となった。この映画を含め、黒木和雄が21世紀に入って作った映画は、いずれも敗戦をテーマにしており、前世紀の「TOMORROW」をあわせて、黒木和雄の戦争へのこだわりを強く感じさせる。ここではそんな黒木和雄の代表的な作品を取り上げて鑑賞のうえ、適宜解説と批評を加えたい。


黒木和雄「竜馬暗殺」:維新史の一齣を描く

黒木和雄「祭りの準備」:四国の寒村を舞台にした青春


黒木和雄「原子力戦争」:原子力発電の危険性

黒木和雄「TOMORROW」:1945年8月8日の長崎

黒木和雄「浪人街」:牧野父子映画のリメイク

黒木和雄「美しい夏キリシマ」:戦争末期の庶民の生活

黒木和雄「父と暮せば」:原爆投下三年後の広島

黒木和雄「紙屋悦子の青春」:飛行機乗りの切ない恋


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