壺齋散人の 映画探検
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チャップリンの勇敢(Easy Street)



「チャップリンの勇敢(Easy Street)」は、いわゆるチャップリン風の映画の確立を物語る記念碑的な作品だ。1914年以来、他愛ないドタバタ喜劇を六十本以上作ってきたチャップリンが、1917年のこの映画で、しっかりしたストーリーを持ち、しかもパンチの効いた社会風刺を盛り込んだ本格的な喜劇映画を作った。以後チャップリンは、この映画で示した傾向を深める形で映画作りを進めてゆくのである。

二十三分という短さもあって、ストーリーはそんなに複雑ではない。教会でお布施をくすねるような浮浪者が、どういうわけか警察官に採用され、スラム街の無法者を改心させるという物語である。題名のEasy Street には、無法の街という意味が込められているそうだ。

チャップリンのような、腕力もなく度胸もない小男でも警察官になれたのは、警察官のなり手が少ないからだった。警察官は街の治安を維持するのが仕事だが、かえって街の無法者たちに打ちのめされて追っ払われてしまう。いくら警察官がいても、すぐに不足してしまうし、仕事がハードなのでなり手がない、というわけなのである。

チャップリンも、大男の無法者にノックアウトされそうになる。そこを機転を利かせて逃れる。大男がガス灯の柱をグニャリと捻じ曲げたところを、ガス等のランプを大男の頭にかぶせて、大男をガス中毒にしてしまうのだ。

チャップリンは、教会で出会った綺麗な娘に、このイージー・ストリートで再会する。その娘が悪党の手によって危機に陥る。そこへチャップリンが助けに入るが、腕力がないのでかなわない。そのときふとしたことで、悪党の使っていたモルヒネの注射器が尻に突き刺さる。モルヒネを吸収して俄に元気になったチャップリンは、悪党たちをことごとく退治して、街に平和をもたらす。大男をはじめ悪党たちは、いまはすっかり改心して、聖書を片手に教会に通うようになるのである。

この映画は、悪党たちのはびこるスラム街の状況と、それを取り締まれないでいる警察の無能を強く批判したものと受け取られたようである。チャップリンは、警察官には扮しているが、彼の行動は警察官としてではなく、一人の人間としての決断に基づいたものである。





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