壺齋散人の 映画探検
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愛怨峡:溝口健二の世界



溝口健二の1937年の映画「愛怨峡」は、「浪速悲歌」と「祇園の姉妹」を作った後、「残菊物語」などいわゆる芸道三部作と呼ばれる作品群への橋渡しとなるものであり、溝口の戦前の傑作と言えるものであるが、戦後長い間フィルムが消失したと考えられてきたのを、近年発見されたフィルムをもとにDVD化された。フィルムの状態は「浪速悲歌」よりひどく、特に音声の状態が悪いのであるが、見ていてうるさく感じないのは、傑作だからだろう。

生涯女の生きたかに寄り添い、女の姿を描き続けた溝口にとって、「浪速悲歌」と「祇園の姉妹」は自立を求める女たちを描いたという点で、日本映画としては画期的なものだったわけだが、やがて、「残菊物語」に始まる芸道三部作においては、女の意地に焦点を当てた映画を作った。「愛怨峡」もまた女の意地を描いており、そうした点で「芸道三部作」の前触れといえるとともに、溝口映画と呼ばれるものの、大きなメルクマールとなった作品である。

意地ということについて言えば、男の意地は日本人のもっとも尊重するところのものであった。日本の文学とか芸能というものの多くは、男の意地をテーマにしている。源氏物語が作られた王朝時代は別として、中世以降は男の意地が文学や芸能のテーマになってきたものだ。それは徳川時代に頂点に達し、忠臣蔵や曽我兄弟の物語が日本中の男女を夢中にさせた。昔の日本人は、男女を問わず男の意地に敬意を表していたのである。森鴎外の文学なども、いわゆる歴史小説を中心にして、男の意地を描いたものと言うこともできる。

それに対して女の意地はまともに受けとられることがなかった。というより、否定的に受け取られてきた。男の意地が志の深さを表すと考えられたのに対して、女の意地はただの強情と受け取られたのだ。それには無論、社会的・歴史的背景がある。原始女が太陽であった古代を除けば、日本の歴史における女というのは男の付属物のようなものであり、したがって自分を殺して男に仕えるのが本分であるとされたのである。そういう考え方が支配的ななかにあっては、女の意地は公序良俗をびん乱する不逞のものだと見なされざるを得なかった。いわんや女の意地に同情したり、ましてはそれを評価したりする行為は、反社会的なけしからぬことと受け取られたのである。

溝口が映画においてなしたのは、この「けしからぬこと」であった。それ故、それを見た当時の人々には、苦々しい顔をしてこれを唾棄した人も多かったに違いない。しかし中には溝口の映画を理解する人達もいた。というか、そういう人達が次第に多数を占めるようになっていた。そこには日本社会が、女の意地を受け入れるような方向へと変化しつつあったという事情があったものと思われる。

女はもはや男の所有物ではない、女の生き方は男のために子供を生み、一生亭主と子供のために尽くすことにはとどまらない、女にだって自分の人生を自分で決める資格はある。女と雖も、人間であるという点では男と同格なのだ。こういう主張は昭和の初期ごろまでは人の度肝を抜くような不逞な考え方だったのだが、溝口の同時代には、まだ多数意見とまではいかないが、それにうなづく人々は増えてきていた。そういう人々が社会の大きな集団をなしていなければ、溝口の映画があれほど受け入れられたことは説明できないだろう。

こんなわけで、この映画は溝口が同時代のけなげな女たちに向けた応援歌のようなものともいえる。この映画を見た当時の人々は、女だけではなく、一部の男たちでさえも、そんな溝口に拍手を送ったのだと思う。

映画は、主体性のない宿屋の跡継の子供を宿した女中が、跡継ぎのあまりにも主体性のなさに愛想をつかして、自分だけで子供を育てながら生きていこうとがんばる、そのけなげな姿を描く。その宿屋は雪深い信州にあって、そこの跡継ぎの息子と一人の女中が恋に陥る。ところが、息子が使用人の女と結ばれるのを喜ばない親父が、ことあるごとに息子の邪魔をする。一つ目の邪魔は、一旦駆け落ちして東京で暮らしを始めた二人を引き裂き、息子を東京へ連れ去ってしまったこと。その事情を後になって聞かされた女が吐く、「おからかいになっちゃいやですわ」という言葉が、女の怒りとささやかな意地とを観客に感じさせる。この意地はやがて大きく膨らんで、女の生き方を支えるようになるであろう。

亭主に捨てられた女(山路ふみ子)は、流しのアコーディオン弾き(川津清三郎)と近づきになる。このアコーディオン弾きというのが変わった男で、色恋沙汰ではなく、一人の人間として女を遇する。そんな遇され方をされたことのない女は、この男の言うことを信頼して、やがて二人で漫才をして浮世をしのぐようになる。女は一人息子を旅に伴い、男と共に旅の一座に加わり日本中を巡業して歩く。やがて、あの旅館のある街へとやってくると、昔の亭主が女を見て、復縁を迫る。女はいったんは亭主を蹴飛ばすが、アコーディオン引きの粋な計らいもあって、また子供の将来を考えて、亭主と縒りを戻すことにする。ところがまたもや亭主の親父が介入して、二度目の邪魔をする。親父の言うことに何の反駁も出来ない亭主を見た女は、すっかり愛想をつかして、子供をつれてもとの生活に戻っていくのである。

こんな他愛ない筋なのだが、その中に女の意地がたっぷりと込められている、というわけなのだ。

なお、この映画の原作は川口松太郎が書いたということになっており、川口はその原作をトルストイの「復活」にヒントを得て書いたということだが、映画を見た限りでは、トルストイの小説の雰囲気はほとんど伝わってこない。溝口が脚本家の依田義賢と相談して、換骨堕胎した結果だと思う。





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