壺齋散人の 映画探検
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トスカーナの贋作:アッバス・キアロスタミ



アッバス・キアロスタミの2010年の映画「トスカーナの贋作」は、偽の夫婦を演じる中年男女の幻想のようなものを描いた不思議な作品だ。この男女は、「本物より美しい偽物」をテーマにした本を出した男に、女がモーションをかけるという内容なのだが、その挙句に、二人はある老人から夫婦と勘違いされたことがきっかけで、実際に夫婦になった想定で、お互いの関係を演じあう。その結果、女の方が、自分がかつて初夜を過ごした部屋に男を案内して、セックスをせまるまでに至るのだが、そこで男は現実に目覚め、一人立ち去っていくというような内容だ。

偽物の夫婦なのだから、二人の関係は何ともいえない。もし二人が本物の夫婦だったなら、中年夫婦の倦怠というように言えるかもしれぬが、この二人はどういうつもりか、偽物の夫婦を演じているに過ぎないのだ。しかしその偽の関係から、本物の夫婦に劣らない夫婦関係の真実が見えてくるように映画は作られている。そこがキアロスタミの腕の見せ所なのだろう。

この映画は、それまでのものと違って、イランではなくイタリアで作られた。舞台はトスカーナ地方の田舎町であり、登場人物はイタリアに住むフランス女と、たまたまトスカーナ地方を訪れたイギリス人美術評論家ということになっている。フランス女は息子と話す時にはフランス語を話しているが、イギリス人の男と話す時には英語を話す。その他、女はイタリア語も話すようで、要するにひとかどのインテリなのだ。そのインテリ女が、これもまたインテリ男が気に入って、中年女のアヴァンチュールを仕掛けたというふうに作られている。

それにしても、イラン人のキアロスタミがなぜ、フランス女とイギリス男のアヴァンチュールを描いたのか。この二人の男女のアヴァンチュールは、かなり背徳的な面ももっているが、そうした背徳性は、キアロスタミの映画では、それまでなかったことだ。イランの男女にはそんな背徳的なカップルは存在しないが、背徳へのあこがれがないわけではない。そのあこがれを、外国人を通じて表現したかった、ということなのだろうか。とにかく、キアロスタミにしては変わったタイプの映画である。

タイトルの「トスカーナの贋作」は邦題であって、原題はフランス語で「よく似ているコピー(Copie conforme)」となっている。それはこの男女がトスカーナの田舎町で見たモナ・リザの偽物のことを直接にはさしているのだが、男女が演じる偽物の夫婦の関係をさしてもいる。この男女が何故、偽物の夫婦を演じる気になったのか、それは画面からは明確には伝わってこない。ただ行きがかり上、そんな気分に陥ったというふうになっているだけだ。それにしても、互いに見ず知らずだった男女が、いきなり親しい関係になり、あまつさえ、偽物とはいえ、夫婦関係を演じる気になるとは、我々日本人にはちょっと理解しがたいことだ。




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