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ヤンヤン 夏の思い出:楊徳昌



楊徳昌(エドワード・ヤン)の映画「ヤンヤン夏の思い出」は、2000年に台湾映画として作られたが、台湾で公開されたのは2017年のことであり、まずカンヌで公開された後、日本で一般公開されたといういわくつきの作品である。台湾での公開が遅れたのは、政治的な事情ではなく、取引上の不具合のためだったという。

台北に住む一家族の日常生活がテーマである。ヤンヤンはその家族の息子。父母のほか、姉と祖母が同居し、そのほかに叔父夫婦が同居している。叔父夫婦は、映画の冒頭で結婚式を挙げるのだが、そのまま生家に同居するというのは、日本人にはなかなか飲み込めない。台湾の家族は、おそらく大家族が多いのだろう。その大家族は、マンションで暮らしているのだが、そのマンションは日本のそれとは異なり、部屋同士がかなり近接している。だから隣人同士が家族に近い関係を結ぶようなのだ。

そこで小生は、台北旅行の際の見聞を思い出した。さるマンションの部屋を訪ねたのだったが、そこはフロアの中心が広場のようになっていて、それに面して各部屋のドアが開いていた。部屋の住人たちは、この広場に集まって、おしゃべりを楽しんだり、一緒に食事をしたりするというのだ。そういう共同体的な雰囲気が、この映画の中の家族関係にもあらわれている。

タイトルには、ヤンヤンが主人公にように見えるが、別にかれが主人公というわけではなく、家族の成員がほぼ平等に描かれる。おそらく日本でヒットした「トントンの夏休み」を意識して、このような邦題をつけたのだと思われる。

ヤンヤンは十歳ということだから、日本でいえば小学校の四年生だ。かれは体が小さいこともあって、女の子たちからいじめられている。女の子たちのほうが体が大きいのだ。女が大きいのは大人の場合も同じで、父親のかつての恋人は父親より背が高い。その背の高い女に向って、男である父親は見上げるようにして話しかけるだが、それは今日の台湾の状況を象徴的に物語っているのだろうか。この映画の中の女たちは、男たちよりすっと精力的なのだ。

そんなこともあって、男たちは女の目をはばかりながら、せっせと不倫する。父親は、妻が不在の折に昔の恋人とデートを楽しむのだし、結婚したばかりの叔父さんは、妻が妊娠している間に他の女とセックスを楽しむのだ。性欲の捌け口がないというのがその理由だ。ともあれ、この映画の中の男女関係は、きわめて女が強い、いわば女上位の社会である。姉だけは、純情に描かれているが、それでも自分から積極的に相手の男をラブホテルに誘うのである。相手の男は経験不足もあって、女に抱かれるのに二の脚を踏む始末なのである。

邦訳のタイトルには「夏の思い出」とあり、それがヤンヤンと結びついているので、夏休みのことかと思えば、そうではないらしい。映画の中のヤンヤンは、いつも学校に通っているのである。そのヤンヤンを放り出して母親が姿をくらますのは、自分の生きたかに疑問をもったからだった。彼女は、実の母親が危篤に陥っても、なんらなすすべがない。それは修行が足りないならだと思った彼女は、霊山にこもって修行に専念する。彼女の実の母親、つまりヤンヤンの祖母が危篤状態に陥ったのは、ゴミを運ぶ途中事故にあったためだとなっているが、そのゴミを出し忘れたヤンヤンの姉が、祖母が危篤になったのは自分のせいだと悩むのである。

こんなわけで、一家の成員の暮らしぶりが並行的に描かれるのだが、それらのあいだに大した脈絡があるわけではない。にもかかわらず、映画の長さは三時間近くに及ぶのである。その割には退屈さを感じさせない。まるで隣人の生活を覗きこんでいるような感じがするからだろう。

なお、台湾映画には、日本への親近感を印象づけるものが多いが、この映画もその例に漏れない。日本人俳優のイッセー尾形が重要な役回りで出てくるし、東京や熱海といった日本の土地も映される。熱海の風景などは、ナポリを髣髴させるように工夫されている。




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