壺齋散人の 映画探検
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春の河、東へ流る:中国映画



1947年の中国映画「春の河、東へ流る(一江春水向東流)」は、抗日戦をテーマにした作品である。それに中国ブルジョワ層の頽廃的な生き方をからませてある。この映画が公開された1947年は、国共内戦が激しかった頃で、どちらが勝ち残るか、まだ分からなかった。そういう時代背景の中で、この映画は、日本軍の蛮行に苦しむ庶民に寄り添うよう一方、大資本家に支持された国民党政権には距離をおいた姿勢をとっている。

ともあれ、長い抗日戦争に勝利した直後であり、中国国民の間では、憎むべき日本軍を叩き出したことを喜ぶ気持ちが国共問わず強かった。そういう日本憎しの感情が、この映画の基層音となっている。この映画に出てくる日本兵は、みな猿のような顔をしながら、やることは残忍そのものである。中国人を理由もなくうちのめし、それに快感を抱いているようである。日本人にもし理由があるとすれば、それは食料の確保をはじめ戦場で生き延びるためだということである。なにしろ当時の日本軍は、きちんとした兵たん体制を用意せず、食料はじめ軍需物資は現地調達を原則としていた。そこで日本軍は、中国人からあるかぎりの食料を強奪する一方、強制労働に駆り立てた。その際に少しでも反抗すると容赦なく殺害した。日本が日中戦争において殺した中国人の数は一千万人といわれているが、その大部分は、日本軍の強奪に抵抗したために殺されたと思われる。

同じようなことがウクライナ戦争でも起こったようである。この戦争で、ブチャという村で多数のウクライナ人の死体が見つかったが、かれらのほとんどは民間人であった。ロシア軍は短期決戦を前提にして、本格的な兵たん体制を組んでいなかったといわれる。そこでやむを得ず現地調達を行ったが、それはかつての日本軍同様、現地住民からの強奪にほかならなかった。中国人が日本軍の強奪に抵抗して殺されたように、ブチャのウクライナ人も、ロシア軍の強奪に抵抗して殺された可能性がある。

とにかく、この映画の中の日本兵は、人間とはとうてい言えないような生きものとして描かれている。しかもその日本兵に中国語を話させている。これは映画としては失敗だったのではないか、日本兵には日本語を話させて、それを字幕で説明するといったやり方の方が迫力が出ると思う。また、その日本兵に過度な演技をさせている。まるで京劇の中の悪党のような振舞いである。日本兵を戯画化したつもりだろうが、そのことでかえって、日本兵に親しみのようなものが生れてきて、逆効果なのではないか。

かくのごとく、日本兵の暴虐を強調する一方で、中国のブルジョワ層の非人間性について鋭い視線を向けている。このブルジョワ層は、蒋介石の保護を求めながら生きているのであるが、貧しい中国人に対しては、日本人に対すると同じように、非情あるいは侮蔑的である。この映画を見ると、中国人全部とは言わないが、ブルジョワ層についていえば、夫婦や家族の情愛より金のほうが大事だという救いがたい利己主義がはびこっているようである。

じっさいこの映画の中の、主役となった夫婦は、当初こそ互いに誠実にあろうとしていたが、夫がブルジョワの生活ぶりに溺れるようになると、妻子や母親のことを考えず、自分一身の利益だけを考えるような、情けない人間に成り下がってしまうのである。そこで絶望した妻は川に身を投げて自殺する。それを夫は、鼠の死骸を見るような目で見るのである。なんとも胸糞の悪い眺めである。なお、李香蘭の有名な歌謡曲「夜来香」がたびたび流される。どういうつもりで流しているのか。

題名の「 一江春水向東流」とは長江の流れを言っているようである。五代十国時代の詩人李煜の詩の一節、「問君能有幾多愁、恰似一江春水向東流」からの引用という。


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