壺齋散人の 映画探検
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ジャン=ピエール・メルヴィル「恐るべき子供たち」:
ジャン・コクトーの小説を映画化



ジャン=ピエール・メルヴィル(Jean-Pierre Melville)の映画「恐るべき子供たち(Les Enfants Terribles)」は、ジャン・コクトー(Jean Cocteau)が1929年に発表した同名の小説を映画化したものである。コクトーは、この人気小説を映画化したいというオファーをずっと拒否してきたのだが、それは、姉弟の近親相姦というテーマからして、並の映画監督にやらせたのでは、ただのポルノ映画になってしまうことを恐れて、拒否したのだと言われる。ところが、ジャン=ピエール・メルヴィルが1947年に作った「海の沈黙」を見て、この男なら安心して任せられると思い、映画化に踏み切ったのだと言う。

映画製作にはコクトーも一肌脱ぎ、ナレーション役を務めている。彼の格調高いフランス語に導かれて、映画は厳かに展開していくのだ。これは先程も言ったように、姉と弟の近親相姦を描いたものなのだが、観客が画面から受け取るのは、単なるポルノグラフィへの興味ではなく、登場人物たちのドラマティックな生き方への共感だと言ってもよい。それほどこの映画は、拡張が高いのだ。

弟のポール(エドゥアール・デルミ Edouard Dermit)はリセの生徒ということになっているから、日本で言えば高校生といったところ。この少年には同性愛の傾向が芽生えていると見えて、同級生のダルジュロスという少年に心ひかれているということになっている。ところがそのダルジュロスには同性愛の趣味はないらしく、ポールをいじめの対象にしてもてあそび、ついには退学に追い込んでしまう。

姉のエリザベート(ニコール・ステファーヌ Nicole Stéphane)は、結婚適齢期の女性だが、他の男には関心を持たない。彼女は弟を相手にして、近親相姦の喜びに耽っているのだ。この姉弟は恐らく、小さな頃から一緒に寝起きしているうちに、自然と近親相姦の喜びを覚えてしまったのだろう。それは映画では、姉から弟に仕掛けるというような形になっている。姉は性的欲望が高まってくると、ゲームをしようといって弟を誘惑するのだ。それに対して弟の方は、姉同様ゲームに熱中しているかというと、そうでもない、彼は姉の力に圧倒されて、その言うことを聞かざるを得ないような、弱い立場にある者として描かれる。

子どもたちがこんなふうになってしまったことを、母親は深く恥じ、その挙句に心臓発作なんかで死んでしまう。孤児になった姉と弟は、かえって二人だけになれたことを喜ぶ始末。ただ、広い家に二人だけでいるのもさびしいというわけか、従兄のジェラールという青年を巻き込んで、一緒に暮らすようになる。しかし、二人はジェラールの前でも、悪びれることなくゲームに耽ると言った始末なのだ。

ところが二人にとって転機がやってくる。弟が次第に姉のおもちゃにされるのが嫌になって、ゲームに応じないために、姉は外へ出ていくようになる。そこでファッションショーのマネキンになったりした挙句、金持の男に見初められてその妻に収まる。だがその金持ちは結婚早々あっけなく死んでしまい、未亡人となった姉は莫大な財産と広大な屋敷を相続する。そして、その屋敷へ弟と従兄のジェラールも住みつくようになる。こうして姉と弟が近親相姦を再び楽しもうとした矢先に、一人の女性が同居することとなる。これは姉がマネキン仲間の女性アガートを退屈しのぎの相手としてつれて来たのだったが、その女性がダルジュロスそっくりなのだった。もともとポールがダルジュロスに引かれたわけは、同性愛的な感情からだったはずなのだが、いまや女性としてのアガートを深く愛してしまうのだ。そのポールのことをアガートの方も愛している。このままでは二人が結ばれるのは時間の問題だ。

そこで、エリザベートの気持ちが乱れることとなる。彼女は弟のポールを近親相姦のパートナーとして必要としており、他の女にとられるわけにはいかないのだ。こんなわけで、エリザベートは知恵を絞って二人の仲を裂こうとする。ポールには、アガートとジェラールとが互いに愛し合っていると嘘をつき、アガートにはポールはあなたのことなど眼中にないと嘘をつく。挙句に彼女は、アガートとジェラールを本当に結婚させてしまうのだ。

アガートに拒まれたと思ったポールは絶望する。そしてついに毒を飲んで死んでしまうのだ。弟に死なれたエリザベートの方も、もうこの世に生きている意味がないと感じる。そして彼女の方は、自分の頭にピストルの弾を撃ち込んで自殺してしまうのだ。

こんなわけでこの映画は、近親相姦の悲しい愛の物語なのである。近親相姦であるから、姉と弟の二人だけを描くというやり方もあったろうが、この映画の中では、彼らの周囲に沢山の人間が出てくる。その人間たちを通じて、彼らは世界とつながってもいる。要するに世界に対して開かれているわけだ。そんなことから、この映画には、じめじめしたところがほとんどない。それは、彼らが世界に開かれていることの賜物なのだろう。

コクトーには「恐るべき親たち」という作品もあった。こちらは、息子を溺愛する母親の母子相姦的な感情をテーマにしていたわけだが、この「恐るべき子供たち」の場合には、姉と弟の近親相姦がテーマになっているわけだ。いずれにしても、どちらも近親相姦をテーマにしている。こんなに近親相姦にこだわった作家は、コクトーの同時代には珍しい存在だったといえよう。

エリザベート役を演じたニコール・ステファーヌは、この映画以外は知られてないが、どちらかというとボーイッシュな雰囲気を漂わせており、支配的な性格を演じるのがうまい、と感じた。



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