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アナとオットー:フリオ・メデム



フリオ・メデムの1998年の映画「アナとオットー(Los Amantes del Círculo Polar)は、両親同士が再婚した義理の兄妹の恋愛をテーマにした作品だ。兄オットーの父は、妻と離婚してアナの母と結婚した。アナの父は交通事故で死んだのだった。オットーとアナはもともと同じ学校に通っていて、互いに好意を抱きあっていたのだったが、かれらの両親が結婚したのは偶然のことだった。オットーは、父親が母親と離婚したことにわだかまりがあったが、アナと一緒に暮らせるのがうれしかったので、母親と一緒に暮らしながら、週末にはアナのいる父親の家で過ごすのだった。

やがて成長したオットーとアナはセックスする間柄になる。そのことを両親には隠しているが、両親はなんとなく気づいている。そんな家族に破綻が訪れる。まず、オットーの母親が自殺する。それが父親の仕打ちのせいだと思ったオットーは、父親が許せなくて、一人で姿をくらます。一方、アナの母親は別の男が好きになって、家を出てゆく。こうして家族はバラバラになるのだ。

バラバラになっても、アナはオットーのことが忘れられない。一時は別の男と同棲するが、オットーが恋しくなって、なんとか会いたいと思う。オットーのほうも、アナが忘れられなくて、父親に所在を聞きただしたりするが、父親には教えられようもない。だが、かれらは奇跡的に出会うことができるのだ。出会った場所は、ラップランドの北極圏の森の中だった。そこで二人で幸せな生活を始めようと思った矢先、アナが交通事故で死んでしまう。

愛し合いながら、結ばれることのなかった不幸な男女の悲恋物語というわけである。どこにでもありそうな話だが、考えさせられる点がいくつかある。まず、この家族の乱れた関係だ。父親のほうは、一方的に妻と別れて他の女と結婚してしまうし、母親は母親で、どういう理由かはわからぬが、家族を解体して他の男との暮らしを選ぶ。つまり自分の家族に責任を感じていないと、我々日本人には思えるのだ。これはスペイン人の国民性かもしれぬが、そうした国民性では、恋愛は遊戯のようなものではないか。だから、この映画の中の若い男女が結ばれないのも、決して深刻なことではないといったメッセージが伝わって来る。

アナは交通事故で死ぬことになっているが、それは彼女の実の父親と同じ死に方だった。だいたい彼女はオットーを、恋人というよりは、父親の代替として受け入れたのである。その父親と同じ死に方をしたのは、彼女に自殺願望があったからではないか、と思わされるところがある。

また、アナとオットーはラップランドで再会することになっているが、そこにはオットーという名前のドイツ系の老人が住んでいた。その老人はゲルニカを空襲した際に不時着し、スペイン人の女性に助けられた過去があった。この老人の孫というのが、アナの母親の新しい恋人なのである。アナはその恋人の世話で、ラップランドで暮らすことになったのである。

こんなわけで、恋愛映画としては、かなり凝った筋書きになってはいる。なお原題は、北極圏の恋人たちという意味である。




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