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ヴェラ・ドレイク:マイク・リー



マイク・リーによる2004年のイギリス映画「ヴェラ・ドレイク(Vera Drake)」は、堕胎をテーマにした作品である。イギリスでは、堕胎は19世紀の半ばに法律により刑事犯罪とされ、1967年に「妊娠中絶法」が制定されて、一定の条件のもとで中絶が認められるまで、厳しく処罰された。この映画は、1950年ごろのイギリスを舞台にして、堕胎の行為によって裁かれた一人の初老の女性を描いたものである。

イメルダ・ストーントン演じるこの女性は、夫と二人の子どもとともに慎ましく暮らしていた。彼女は三軒の家の家政婦を掛け持ちする一方で、病気で弱っている人などに気をくばるやさしい人柄だった。そのやさしさが裏目に出て、彼女は堕胎を手伝うようになった。それを裁かれる。イギリスの司法はかなり形式主義的なところがあって、法律の要件を満たしていれば、情状酌量の余地はあまりなく、ほぼ機械的に刑を科される。そのプロセスが淡々と描かれているので、この映画はイギリスの司法制度への批判としての面ももっているようである。

彼女はすでに20年ものあいだ、妊娠した女性の堕胎に協力してきた。報酬は一切もらわない。ただ単に困っている女性を助けたいとの一心からだ。彼女がそんなことをするようになったきっかけは、彼女の優しい性格もあるが、自分自身が同じ立場に陥ったことがあり、不本意な妊娠を望まない女性の気持がよく理解できたからだというふうに作られている。

20年の間、事故も起きずにつとめて来たのだったが、一人の女性が重篤の症状に陥って、死にかけるという事故が生じ、それがもとで彼女は、刑事訴追される。始めは警察の調査だが、彼女は言い訳もせずに、淡々と調査に応じ、自分の行為が違法だと認識していたことを認める。この時点で彼女の有罪は確定するというのがイギリスの司法制度で、なぜ彼女がそういう行為に走ったかといった、情状に関することは殆ど取り上げられない。機械的に法律を適用されて有罪を宣告され、2年6か月の禁固判決を受けるのである。

堕胎で罪に問われたという事例は、日本では聞いたことがないが、1960年代までのイギリスではよくあったようで、彼女が入れられた刑務所には、堕胎で有罪になった女が他にも何人かいた。アメリカではいまでも、堕胎を犯罪とする州があって、生きているものを殺すのは、たとえ強姦の結果だとしても許されないとする極端な宗教原理主義の考えがそれを支えていると言われる。

イギリスでは、1960年代に、基本的には堕胎が合法になったわけだが、それについては、この映画が描いているような、堕胎をめぐる人間的な苦悩が、広く国民の共感を生むようになったからではないか。




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