壺齋散人の 映画探検
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オーソン・ウェルズ「市民ケーン」:映画史上最高傑作の一つ



オーソン・ウェルズの映画「市民ケーン( Citizen Kane )」は、20世紀中は、映画史上最高傑作との評価がゆるぎなかった。いまでも、ヒッチコックのサスペンス映画「めまい」、ハンフリー・ボガートが主演した「カサブランカ」と並んで、映画史上三大傑作という評判がもっぱらである。凝ったストーリーもさることながら、現在と過去とを自在に交錯させたり、ワンシーン・ワンカットを多用したり、パンフォーカスやローアングルといった斬新なカメラワークなど、技術的にも優れており、映画史上ひとつのメルクマールとなる作品なのである。

だが興行的には成功しなかった。というのも、この映画はアメリカのメディア王と呼ばれたウィリアム・ハーストをモデルにしていたのだったが、当のハーストがこの映画が自分を誹謗しているとして激怒し、さまざまな形で妨害工作を行ったからだった。ハーストは当時(映画公開は1941年)絶大な影響力を誇っており、彼を怒らすことは割りにあわなかったのだ。そんなわけでウェルズは、この処女監督作品が興行的に失敗したばかりか、ハリウッドの狭いサークルで異端児扱いされることともなった。

今日の視点からこの映画を見ると、ハーストの分身たる市民ケーンは、そんなに否定的には描かれておらず、むしろ悲劇の主人公といった趣さえあるのだが、親に見捨てられた少年時代とか、恋人を含め他人との間で適切なコミュニケーションがとれないとか、又、これはもっとも重要なことだが、本人が生きているのにかかわらず、映画の中では死んだことにされているなど、ハースト自身にとっては気に入らなかったのかもしれない。

映画は、そんなハースト=ケーンが死んだところから始まる。ある映画会社がその一生を一本の映画にまとめる計画を立てる。ケーンは死ぬときに、ただ一言「薔薇の蕾」という言葉を吐いた。そこで、この言葉がハースト理解のキーワードになると直感したスタッフは、これが何を意味するのか、ハーストの生前を知る人々に当たって調べ始める。もし、この言葉の意味がわかったなら、これをキーワードにしてハーストの肖像を構成しようというのである。

スタッフ(トンプソンという記者)が、生前のケーンを知る人々を次々と訪ねる。少年時代の後見人であったサッチャー(あのサッチャーと同じ苗字だ)、学生時代の友人でケーンの運営する新聞の記者だったリーランド(ジョゼフ・コットン)、ケーンの配下の一人バーンステイン、最初の妻エミリーと二度目の妻スーザンなど。その結果、少年時代から死に至るまでのケーンの生き様が次第に炙り出されてくる。ケーンの一生は、これを単純化して言えば、孤独な人生というものだった。彼には心を許して交われる人がいないのだ。死ぬときも、巨大な邸宅の中で、一人ぽっちでさびしく死んでいった。そのときに吐いた言葉、「薔薇の蕾」の意味を知る人は無論、その手がかりさえ見つからなかった。

実は、「薔薇の蕾」というのは、ケーンが少年時代に愛用していた橇の板の背面に書かれていた言葉だった。ケーンはこの橇で遊んでいたところを親から引き離され、孤独な一生を歩み始めた。いわばケーンの人生の原点に深く関わる言葉だったのだ。この言葉が、ケーンの死後、火にくべられた橇が焼けるにしたがって、溶けた塗料の下から現れたのだった。しかし、スタッフはそのことに気がつかない。結局、彼等はこの言葉を映画のキーワードに使うことをあきらめる。「一言で人間の一生を語るのは不可能なのだ」と言いながら。

この映画を作ったとき、ウェルズはまだ25歳だった。だが、その三年前にはラヂオで火星人到来を予告し全米を恐怖の渦に巻き込んだと言う逸話もあり、すでに有名人であった。映画会社はそのウェルズの不思議な才能に注目し、自分の好きなように作ってよいという破格の条件で、この映画を作らせた。この映画にかけるウェルズの意気込みは大変なもので、監督のみならず俳優としても大活躍した。25歳の青年から、油の乗った中年時代を経て、老年の時代にいたるまで、ごく自然に演じ分けていた。彼は俳優としても一流といえる。

映画の中の市民ケーンは、自分は労働者の味方だと主張している。そんなケーンを、当の労働者たちの組合はファシストだといって非難し、資本家たちはコミュニストだと罵った。これはハーストについても実際あったことなのか、よくわからない。ファシストにせよ、コミュニストにせよ、当時のアメリカでは最高の罵言だった。しかも公開された1941年はアメリカが第二次大戦に参戦する直前で、枢軸国や社会主義国に対する憎悪がたかまっていた。だから、こんな言葉が現実に浴びせられたら、それは自分の保身にとって由々しきことになる。ハーストがこの映画に異常な反発を示したのは、こんな事情もからんでいたと思われる。



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