壺齋散人の 映画探検
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西部戦線異状なし:第一次世界大戦を描く



第一次世界大戦を描いた映画が少ないのは、映画の歴史からいって致し方のないことだった。第一次大戦が終わったのは1918年のことだが、映画が本格的に作られるようになるのは20年代以降のことだからだ。そういう映画の歴史において、1930年にアメリカで作られた「西部戦線異状なし」は、第一次世界大戦を描いた作品のうちでは最高傑作との評価が高い。これは、前年にレマルクが発表した同名の小説を原作としたものだが、ドイツ軍の視点から戦争を描いている。それをアメリカの映画人がとりあげたわけである。

原作は反戦小説との評価が定着しており、またそう評価されたことでナチスドイツでは出版禁止処分を受けたりしたのだが、レマルク本人には反戦小説を書いたという意識はなく、戦争が人間性に及ぼす影響を、淡々と描いたということだったらしい。しかしそれが結果として戦争のむごさや無意味さを批判する効果をもったわけで、そのことが反戦的だとされる要因となった。

しかし、この小説には単純な反戦メッセージばかりではなく、愛国心とか戦友との友情とかも熱く語られており、そういう意味ではむしろ戦争文学と位置付けたほうがよいかもしれない。戦争文学というのは、戦争の真実の姿に向き合おうというものであり、必ずしも反戦的とばかりは言えない。反戦小説ということでは、フランスのバルビュスが第一次大戦中に発表した「砲火」のほうが徹底している。

映画は原作の小説をほぼ忠実に再現しているようである。ギムナジウムの生徒たちが、担当の教師に鼓舞されて集団で兵役に志願した結果、最期にはほとんどの生徒たちが死んだり廃人になったりする過程を描く。

小説同様映画でもパウルという少年の目から見た戦争が描かれる。少年たちは連隊に配属された後厳しい訓練を受け、西部戦線に動員される。西部戦線は対フランス戦争の最前線で、少年たちは時にはフランス兵との肉弾戦を展開し、ときにはフランス女たちと楽しいひと時を過ごしたりする。この当時の戦闘は、かなり機械化されてきたとはいえ、主体は歩兵による肉弾戦だ。その肉弾戦の地獄のなかで志願した少年達が次々と死んでゆく。

そういうなかでパウルもしばしば死に損なうが、時にはフランス人を殺したりもする。初めて人を殺したパウルは、戦争がいかに人間性を壊してしまうか、強い疑問を持つにいたる。その疑問は人間として当然のことのように思えるが、そうは思わない人も多い。パウルはたまたまもらった休暇を利用して母校のギムナジウムを訪問するが、その際に戦争のむごさや無意味さについて語ったところ、卑怯者呼ばわりされるのである。

パウルの仲間たちはほとんど死んでしまう。パウルも重傷を負って野戦病院に入れられるのだが、その際に治療を途中で放棄されてあやうく死に損なったことがある。重症患者に手間をかけているよりは、比較的軽傷の患者を数多く治療して再び前線に送り出すのがこの野戦病院の任務だったのだ。つまりドイツ軍はいまや、人間をただの戦争機械としてしか見ていないのだ。

運よくひとりだけ生き残ったパウルにも、やがて運の尽きるときがきた。フランス側と向き合った前線において、パウルはフランス兵に狙撃されて命を落とすのだ。その直前に書いた戦場日誌にパウルは「西部戦線異状なし」と記入していた。それが小説と映画の題名になったわけである。

こんなわけでこの映画は、やはり反戦映画とのメッセージが伝わってくる。戦争のむごさやむなしさを映像で表現しているので、反戦的なメッセージ性がより強く現われるという事情もあるのだろう。




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