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コスタ=ガヴラス「ミッシング」:チリで消えたアメリカ人



コスタ・ガヴラスの1982年の映画「ミッシング(Missing)」は、1973年に起きたチリの軍事クーデターの最中消息を絶ったアメリカ人をテーマにした作品。このクーデターは、アジェンデ政権の社会主義政策に危機感をいだいたチリ軍のピノチェットが起したものだが、それにアメリカが深くかかわっていたことは、周知のことである。アメリカが中南米諸国の政治に介入するのは日常のことであり、だいたいCIAがその中心になって活動するものだが、アジェンダ政権転覆にさいしては、政府が一体となって活動していたようだ。その活動が成功したとき、アメリカ政府が大いに喜び、その喜びの輪には市場原理主義のユダヤ人経済学者ミルトン・フリードマンも含まれていた。

チリで日頃ジャーナリズムの真似ごとのようなことをしていたアメリカ人が行方不明になる。妻は、チリ軍によって拉致されたと思っており、アメリカ大使館に捜索を願い出るが、適当にあしらわれる。そこへ、そのアメリカ人の父親がやってきて、息子の所在を追求する。最初は大使館を全面的に信頼していたのだが、時間がたつにつれて、不審をいだくようになる。かれはアメリカ本国では有力な実業家であり、連邦議員や政府にも一定の影響がある。それをチリの米大使館もわかっていて、なんとか懐柔しようとするのだが、父親の疑惑がますます高まっていく、というような内容である。

大使館は、チリのクーデター勢力が反対者を虐殺することは容認している。アメリカ人が殺されるのは、建前上好ましくないが、大騒ぎをするつもりはない。そこへアメリカの実業家がやってきて、あれこれいじられるのは非常に迷惑なことだ。そんな大使館の本音が次第に浮かび上がってくるように作られている。

息子を殺したクーデター勢力を大使館がかばっていると思い込んだ父親は、帰国後かれらを相手取って訴訟を起こすのだが、そんな訴訟がうまくいかないのは、アメリカでも当たり前のことだ。まして被告の筆頭にキッシンジャーをもってきたのでは、単身アメリカ政府全体を敵にして戦っているようなものだ。

こんなわけでこの映画は、クーデターへの批判というより、それに手を貸したアメリカ政府を批判するものとなっている。その当時のアメリカ大統領は、陰謀で知られたニクソンだから、チリの軍事クーデターに手を貸すことなど朝飯前のことだったわけである。

主人公のアメリカ人実業家を、ジャック・レモンが演じている。レモンはコメディアン出身の俳優だが、こういうシリアスな役柄も器用にこなす。




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