壺齋散人の 映画探検
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ドキュメンタリー映画「靖国」 靖国神社をめぐる人々の言動を記録



2007年の映画「靖国」は、靖国神社をめぐる人々の考えや行動を記録したドキュメンタリー映画である。靖国神社はとかく政治的なイシューになりがちで、左右両方からセンシティブな反応を引き起こしがちなのだが、果たしてこの映画は、保守陣営を自認する人々から強い拒否感をもたれ、上映反対運動が起きたりして、商業的には成功しなかった。保守的な人々がなぜこの映画に、強い拒否感をもったのか、よくわからないところがある。というのも、この映画は、靖国神社を正面から批判的に描いているわけではなく、むしろ神社に親和的な人々の言動をほぼ忠実に記録しているからである。というより、この映画は、靖国護持論者たちの言い分を紹介する、ある意味プロパガンダ映画といってもよいほどなのである。それが、保守派の強い拒否感を煽ったのは、監督が中国人の李纓(リイン)ということもあり、また、画面に登場する人物の雰囲気にいささか戯画的なところがあったからであろう。しかし、いくら戯画的と言っても、別にわざとそう演じさせているわけではなく、仄聞するところによれば、現地で起きていたことをそのまま記録したに過ぎないということである。

映画のハイライトは、2005年における戦後六十週年を記念しての靖国護持勢力の集会とか、2006年8月15日を最後とした小泉首相の参拝である。小泉は、この映画の中でも、日本人の首相が靖国神社に参拝するのはごく当然のことであり、外国からあれこれ言われる筋合いのものではないとの持論を滔々と述べるところが記録されている。小泉としては、自分の主張をそのまま宣伝してくれているわけだから、この映画を忌避する理由はないといえるのではないか。小泉のほかに、当時都知事だった石原慎太郎や、まだ民間人だった稲田朋美が日本会議主催の記念行事で、靖国護持の正統性について、堂々たる演説を行っている所を記録されている。しかしながら、稲田は、この集会の直後に国会議員となるや、俄然これを問題視した。その稲田に煽られるようにして、自民党所属の国会議員たちが上映反対に動き出したのである。

映画は、約十年間にわたって記録した映像を編集したものだそうだ。だから、年ごとに終戦記念日を中心にして行われた、さまざまな人々の言動を集約することで成り立っている。その中には、軍服を着た人々の集団参拝とか、星条旗をはためかしながら靖国にエールを送るアメリカ人とか、台湾出身者の遺族が靖国合祀を取り下げるよう陳情するシーンがあり、また、大東亜戦争を正義の戦争だとする遊就館(神社の宣伝用付属施設)の主張なども紹介されている。

アメリカ人や台湾出身者は、護持派によって攻撃され、境内から退去を迫られる。そのさいに現場に居合わせた日本人が、中国人とおぼしき人にむかって「中国人は中国へ帰れ」と罵り騒ぐシーンがあるが、これは本来、石原に倣って「支那人は支那へ帰れ」と言うべきであろう。そんなところに、日本の右翼の甘い体質がうかがわれる。

なお、この映画は冒頭、いわゆる靖国刀の鍛冶師の動きを紹介することで始まり、以後映画の節々でその鍛冶師を登場させている。靖国刀というのは、靖国神社肝いりで作られ、多くの軍人に付与されたもので、日本刀を通じて日本精神、つまり靖国精神を体現したものと考えられているので、その刀の鍛冶師に大きな役割を振っているのは自然なことであろう。その鍛冶師は当初は、靖国をめぐる質問には寡黙を貫いていたが、やがてリラックスするにつれて、靖国を賛美する発言をするようになる。まあそれは、靖国刀の鍛冶師として、やはり自然な振る舞いというべきであろう。




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