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ドキュメンタリー映画「ラッカは静かに虐殺されている」:ISと戦うシリア人



2017年のアメリカ製のドキュメンタリー映画「ラッカは静かに虐殺されている(City of Ghosts マシュー・ハイネマン監督」は、ISと戦うシリア人を描いた作品。いわゆるアラブ革命の一環としてシリアには反アサド運動が起き、北部を中心に内戦状態に陥った。その感激を縫うようにしてイスラム過激派のISが勢力を伸ばし、シリア北部を支配地におさめる勢いを呈した。ラッカは、そのISが本拠を置いた都市である。その町はまた、反アサド運動の経験を踏まえ、ISに対しても強固な抵抗運動をみせた。そんな抵抗運動の指導者たちに密着して、シリア人の反ISの戦いを描く、というような内容のドキュメンタリー作品である。

ISがラッカに侵攻してきたのは2014年7月のことだが、この作品は、それ以前の2012年3月から始まる。その頃は、ラッカの人々はアサドを相手に戦っていた。その戦いぶりは、当事者たちが携帯カメラに撮影した映像を通じて紹介される。ISが始めてラッカの町にやってきたときの様子も携帯カメラに残っていた映像を通じて知ることができる。当初ISを反アサド勢力の一つと思っていた市民たちは、かれらが残虐な振舞いをするのを見て、その本性を見抜き、やがて反ISの戦いを展開していく。その戦いぶりを、現地にいるシリア人の携帯カメラの映像を通じて紹介する一方、ドイツに亡命したシリア人へのインタビューを通じてISの残虐な振る舞いを徹底的に暴露していく。

この映画を編集したマシュー・ハイネマンは、おそらくドイツに土地勘があったのだろう。ドイツに亡命したシリア人たちに早い時期からコンタクトをとり、その協力を得て、このドキュメンタリー作品の骨格作りをしたのではないか。作品が完成した2017年の時点では、ISはすでに勢力の衰えを見せていたとはいえ、まだラッカを中心にシリア北部を支配する勢いを失ってはいなかった。だから、この映画には、ラッカに象徴されるシリア北部をISの支配から解放したいというシリア人たちの思いが凝縮されている。

ISがトルコに避難していたシリア人まで殺害する事態に直面し、ドイツにいるシリア人たちは、ドイツもまた安全ではないと恐れる。そのドイツはドイツで、シリア人難民を排斥する動きもある。ネオ・ナチによる難民排斥運動である。ナオ・ナチの外国人排斥は非常に過激で、シリア人たちは命の危険を感じるほどである。ISの残虐性が広く国際社会に認知されるようになるが、なかなか明るい未来は見えてこない。ISは依然としてラッカを支配し、毎日のように市民を虐殺しているのである。

こんなわけで、シリア人目線からISの残虐性を弾劾するというような趣旨の作品である。眼前の状況に視点は釘づけにされ、なぜISのようなものが生まれたのかとか、それがシリア国内で勢力を拡大したのはなぜなのか、といった問題については立ち入ってはいない。




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