壺齋散人の 映画探検
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想田和弘「精神」 精神科医師と患者とのかかわりを描いたドキュメンタリー



想田和弘の2007年の映画「精神」は、想田が「観察映画」と称するドキュメンタリー映画の第二作目である。テーマは、ある精神科医師とその患者たちとの関係である。この医師は、金銭づくを抜きにして、ほとんどボランティアのような形で心を病んだ患者たちと向き合っている。その向き合い方は、単に治療というのを超えて、患者を全面的に支えたいという意志に貫かれている。だから、患者はかれに頼り、自分の身と心を差し出し、全面的な信頼を寄せている。中には40年間も彼の世話になっているものもいる。

想田はこの作品の構想を早い時期から持っていて、デビュー作はこれで決めようと思っていたところ、友人が選挙に出るというので、それに興味を抱き、まず「選挙」から映画作りを始めたそうだ。それはともかく、想田は山本医師をはじめ、この映画に出てくる人々とは、長い間信頼関係を築いてきたようだ。でなければ、山本医師やかれの患者たちが、自分の顔を積極的にカメラの前にさらそうとは思わなかっただろう。このドキュメンタリー映画は、患者たちの日常に深く食い込み、心の中まで踏み込むような取材をしているのである

映画は様々な患者たちについて、山本医師の診察の様子とか、一人一人についてのインタビューを骨格にして、患者の生きる様子を丁寧に描いている。病気の態様は、うつ病と統合失調症に大別されるが、患者個人によって症状はさまざまである。じっさい、重症の患者のうち、この映画が完成する前に死んだものが三人もいる。そういう患者たちは、日常的に自殺願望にとらわれているようで、その願望があることをきっかけに実現してしまうという怖ろしさがある。そんな患者たちと、毎日接している山本医師の表情が実に人間的である。人間的というのは、他者に対して寄り添う気持ちをもつということである。そういう気持ちがなければ、精神科の医師は務まらないであろう。

患者の中にはとりわけ目立つ人もいる。その一人は統合失調症らしいが、言葉の魅力に敏感で、自分の感情を詩や歌の形で表現するのが好きである。また、監督の想田を強く意識していて、なにかと演技めいたことをして、想田をからかったりする。別のある男は、やたら攻撃的な性格で、行政と無用の軋轢を生んだりする。だが、山本医師の側は、スタッフを含めて、そんな患者に対して説教めいたことは一切しない。山本のモットーは、患者にはやりたいようにやらせるというものだ。そのモットーを山本は、看護師志願の人々に伝える。みなに心理テストのようなものを施し、人によってテスト結果が多様になるように、患者のものの見方も多様なのだから、その見方をまず受け入れるのが、この仕事の基本だと聞かせたりするのである。

そんな具合にこの映画は、実際に起きていることをそのまま映し出すということに徹し、余計な脚色は一切加えていないとう姿勢を貫いている。そんなことができるのは、医師や患者との間に、深い人間的なつながりがあればこそであろう。




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