壺齋散人の 映画探検
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日蓮:中村登



1979年の映画「日蓮」は、日蓮没後700周年を記念して作られた。製作者の永田雅一は、1958年にも日蓮の伝記映画「日蓮と蒙古大襲来」を製作しているから、日蓮へのこだわりはよほど強いのであろう。

日蓮が修行を完成して故郷の安房に帰り、そこで日蓮と名乗ったことから始まり、過去への回想シーンなどを適宜さしはさみながら、日蓮生涯の主要な事件を取り上げ、旅先の池上で死ぬまでを描いている。ほぼ遺漏なく日蓮の生涯をカバーしていると言ってよい。

ただ、細かいところでは、史実解釈に疑問を感じさせるところはある。日蓮の父親は武士の出身だったとか、立正安国論を直接北条執権に提出したとかである。そういう細かいところを除けば、ほぼ史実に沿っているのではないか。

一つ気になったのは、工藤吉隆の妻浜夕の扱い方である。工藤吉隆は、安房の豪族で、日蓮の守護者として知られる実在の人物だが、その妻浜夕は日蓮の幼馴だったということになっている。果たして史実なのか、いまのところ小生にはわからないので、いずれよく調べてみたいと思う。この映画の中では、松阪慶子演じるその浜夕がかなりウェートの重い役割を果たしているので、細かいようで大事なことだと思うからだ。

この映画にはほかにも有用な役割を果たす女性が何人も出てくる。富木常忍の妻とか、阿仏坊の妻とか、その多大勢の女性信者たちだ。日蓮には女から慕われる素質があって、日本史上でも有数のプレイボーイといえるのだが、そうしたプレイボーイ振りを、この映画はよく捉えている。

松葉ケ谷の法難、伊豆流罪、小松原の法難、辰の口の法難、佐渡流罪など、日蓮生涯の主要な出来事が手際よく紹介されている。そうした事件を通じて、日蓮の激しい人柄が如実に伝わってくるようになっている。日蓮の有名な言葉に、「虫は泣けども涙なし、日蓮は泣かねども涙ひまなし」というのがあるが、その言葉通り、この映画の中の日蓮は、よく涙を流す男として描かれている。

中村錦之助の演技が光った。錦之助は宮本武蔵の印象が強いが、武蔵に代表されるような日本男子のイメージを、錦之助ほどよく表現しえた俳優はいなかったのではないか。この映画の中で錦之助演じる日蓮も、武蔵に共通するような日本男子気質を感じさせる。なお監督は、「古都」を作った中村登である。




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