壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真西洋哲学 プロフィール掲示板


今井正「ここに泉あり」 群馬交響楽団がモデル



今井正の1955年の映画「ここに泉あり」は、群馬交響楽団をモデルにした音楽家たちの音楽への愛をテーマにした作品。この映画がきっかけで、群馬交響楽団が一躍注目を浴び、後の発展につながっていったと言われており、映画が現実社会を動かした例として記憶されるであろう。

映画の内容は、一応実話に基づいているようだ。戦後、高崎の市民たちが素人音楽団として演奏を始めた。それを組織したのは、音楽好きの男で、映画では小林桂樹が演じている。団員には、軍楽隊あがりとか音楽学校の卒業生のほか、町の音楽好きの親爺などもいる。そこにプロのバイオリニストが加わり、コンサートマスターとして楽団の技術向上に努める。岡田英二演じるそのバイオリニストと、岸恵子演じるピアニストの恋愛を中心として映画は展開するのである。

楽団は、山田耕作の率いる東京交響楽団との共演とか、県内各地の巡回公演にいそしむが、経済的な基盤がしっかりしていないので、存続の危機に何度もたたされる。経済苦を理由に若い団員が次々と去っていくのだ。

ついに、解散方針が固まり、団は解散することに決する。そこで解散を記念して、利根の山奥で公演をすることになる。この公演は僻地の小学校で行ったのだが、子供たちから大いに歓迎された団員たちは感激し、もうしばらく活動しようということになる。

そのうち、新しいメンバーが入ってりして楽団の新陳代謝がすすみ、技術のレベルもあがる。そこを、たまたま立ち寄った山田耕作に評価され、一人前の楽団として評価されるようになる、といったような内容だ。

原本は175分の長さだったが、現存するフィルムは150分である。映画は、楽団の苦難時代を延々と映し出したあとで、いきなり成功するシーンへ飛ぶというふうに映るのだが、おそらく、その中間の出来事の部分が脱落しているのであろう。

見どころは、楽団の演奏シーンである。東京の楽団との共同演奏では、当時の人気女性ピアニスト室井摩耶子がチャイコフスキーのピアノコンチェルトを弾き、ハンセン病の療養所では、演奏感動した患者たちが、音をたてずに拍手をする。また、利根の小学校では、小学生たちに楽器の特徴を紹介する場面があるが、そこでは、バイオリンを中心にして、ヴィオラは兄、チェロは父、コントラバスは祖父というような説明がある。母親や姉妹は出てこない。時代の空気を感じさせる。

時代の空気と言えば、室井摩耶子が弾いているピアノはヤマハである。ヤマハは戦後復興の象徴であった。なお、室井と共に特別出演した山田耕作は、群響を世に送り出した恩人ということになろう。

岸恵子の演技がよい。彼女はこの時23歳だったが、音楽学校を出たばかりの若々しい姿とか、子どもを抱えながら音楽に身を捧げる真摯な役柄を演じ、非常に好感をもてた。




HOME日本映画今井正次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2021
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである