壺齋散人の 映画探検
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瀬々敬久の映画:作品の解説と批評


瀬々敬久は、ピンク映画作りから出発して、社会的な問題意識を盛り込んだ壮大な構想の映画を作るようになった珍しいキャリアを持つ監督である。同じようにピンク映画から出発して日本映画史上に残る業績を残したものに若松孝二がいるが、瀬々は若松に匹敵するスケールの大きな監督になった。二十一世紀の日本映画を代表する監督の一人である。

Wikipedia で瀬々敬久の履歴を見ると、1988年に「人妻ワイセツ暴行」を作って以来、20世紀の12年間に43本のピンク映画を作っている。このほかにもあるのかもしれないが。これだけでも大した数である。その中で秀作と言えるのは、「黒い下着の女 雷魚」と「アナーキー・インじゃぱんすけ 見られてイク女」であろう。どちらも、セックス描写だけが売り物ではなく、筋書にも見せる工夫がなされている。

瀬々敬久は、21世紀になると、普通の映画を作るようになった。それでも「肌の隙間」のように、ピンク映画の残影を引きずっているものもある。これは当初「ピンク映画」として作ったのだが、内容が面白くて幅広い支持を集めたので、一般公開された作品だ。つまり21世紀の瀬々敬久は、もはや単なるピンク映画の監督ではいられなくなったのである。

2009年に作った「感染列島」は、疫病によるパンデミックを描いたものだが、これが公開された時期にエピデミックが地球をおそったこともあって、世界的に評判となった。瀬々は一気に国際的な映画作家になったのである。

「ヘヴンズ・ストーリー」は人間の命を取りあげ、「友罪」は人間の誠実を取りあげた。どちらも重いテーマだ。それらを丁寧に瀬々は描いた。2018年の映画「菊とギロチン」は、アナキスト群像と女相撲の触れ合いを中心して、大正末期の暗い日本の世相を背景にして、民衆と権力との戦いを描いたものだ。その戦いぶりが、今村昌平的な猥雑さを通じて表現されているこの映画は、日本の映画史を飾る傑作の一つといってよい。

2019年の映画「楽園」は現代社会における村八分をテーマにしたものだ。都市化が進んだ日本では、村八分などはなくなったものと思われがちだが、一定の条件のもとでは、いまだに強烈な現象となって噴出するということを、十分に思い知らされる映画である。

2020年の映画「糸」は、若い男女の初恋を描いたものだが、その恋を妨げるものとして社会的な差別の問題を絡ませており、また、2021年の映画「護られなかった者たちへ」も、日本の生活保護制度の非情な側面に焦点をあてて、するどい批判意識を感じさせる作品である。

2022年の「とんび」は、ウェットな人情劇で、瀬々としては息抜きのような作品だったが、同年に作った「ラーゲリから愛を込めて」は、シベリアに抑留された日本人の過酷な境遇をとりあげており、瀬々らしい社会的なな視点を強く感じさせる作品である。おりからロシアによるウクライナ侵略が起きており、この映画はそんなロシアの侵略的な体質に人々をあらためて気づかせる効果をもった。

以上、21世紀の瀬々敬久は、社会的な視線に貫かれた、問題意識の豊かな、重厚な映画作りにつとめたといえる。ここではそんな瀬々敬久の主要作品を取りあげて、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい。


黒い下着の女 雷魚:瀬々敬久のピンク映画

アナーキー・インじゃぱんすけ 見られてイク女:瀬々敬久の傑作ピンク映画


瀬々敬久「肌の隙間」:一般上映されたピンク映画

瀬々敬久「感染列島」:感染症によるパンデミックを描く


瀬々敬久「ヘヴンズ・ストーリー」:人命の意味を考える


瀬々敬久「8年越しの花嫁 奇跡の実話」:女に愛を貫く男


瀬々敬久「友罪」:救いのない人生

瀬々敬久「菊とギロチン」:女相撲とアナキスト

瀬々敬久「楽園」:村落共同体の村八分

瀬々敬久「糸」:究極の恋愛映画

護られなかった者たちへ:瀬々敬久の社会派人間ドラマ


瀬々敬久「とんび」:失われた人情の世界

瀬々敬久「ラーゲリから愛を込めて」:シベリア抑留の過酷な境遇を描く



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