壺齋散人の 映画探検
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ポーランド映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」:
ソ連の全面否定をイギリス人にさせる



2019年のポーランド映画「赤い闇 (アグネシュカ・ホランド監督)」は、スターリン時代のソ連を批判的に描いた作品。批判というより、全面否定といってよく、スターリンによって支配されているソ連という国には、なんらの存在価値もないといった、激しい拒絶感をうかがわせる作品である。ポーランド人のロシア嫌いがすなおに反映されている映画といってよい。ポーランド国内はもとより西側諸国での評判もよかったそうだが、今やロシアの悪口を言うのは西側に共通した趣味となっているので、この映画はその悪趣味に悪乗りしているわけでもある。

映画の主人公はイギリス人ジャーナリスト(ガレス・ジョーンズ)である。ポーランド映画なのに、なぜイギリス人をソ連批判の英雄として登場させたのか。ポーランド人が主人公になってスターリンの悪を追求するという設定では、ポーランド国家にとって悪い影響があるかもしれないから、イギリス人にその役を負わせたということか。

舞台設定は1933年ごろのヨーロッパ。その当時、欧米各国では大恐慌の後遺症で経済は大混乱をきたし、その混乱に乗ずる形でナチスが台頭したりという状況だった。一方ソ連は、計画経済をうまく運用して、経済的には安定していたと思われていた。それを不思議に思ったイギリス人のジャーナリストが、ロシアに乗り込んで実情を調査しようとする。ソ連の財政が欧米諸国のように破綻していないことには、何か隠された事情があるに違いない。そうジョーンズは思ったのである。

単身モスクワに乗り込んだジョーンズは、色々機転を利かせながら、なんとかウクライナに潜航する。ウクライナがスターリンの財政を支えているという情報を得たからだ。ジョーンズの母親はウクライナ出身で、母親の昔育った家を見てみたいというセンチメンタルな動機もあってウクライナを訪れたのでもあったが、彼の見たウクライナはひどい飢饉に見舞われていた。飢えと寒さに見舞われた人々は、死んだ肉親の肉を食って生き延びようとしている有様である。その光景がジョーンズに、ソ連の成功が全くの嘘っぱちで、スターリンは人民の犠牲の上に権力を独占しているという信念を植え付けた。その信念をジョーンズは世界に向けて発信し、ソ連の成功が虚構であることを人々に知ってもらいたいと思う。だいたいそんなふうに感じさせるように作られている。

ガレス・ジョーンズは実在したジャーナリストということだ。実際に1933年ごろのソ連に取材し、ウクライナでの飢饉の実態を新聞紙上で発進したこともあったようだ。映画はかれの実際の働きを下敷きにしているようだが、事実を逸脱した脚色もあることは、映画の中で描かれた人肉食の挿話は、ジョーンズとは全く関係ないとかれの遺族が抗議していることからわかる。要するにスターリン時代のソ連を貶めるためには、事実を曲げるのも許されるといったような姿勢がこの映画からは伝わってくるのである。かなりバイアスを感じさせる映画である。

なお、ジョージ・オーウェルがジョーンズの同時代人として出てきて、同時代のソ連を「動物農場」という小説に描いたということにしているが、オーウェルが「動物農場」を書いたのは1945年のことであり、この映画の世界とは何の関係もない。これも逸脱した脚色の一つだろう。




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